第224話 破約
「ほえぇ……石動さんカッコいい」
テレビを見ながら、鷹山はうっとりとするようにつぶやいた。
手元では、箸でつままれた小籠包がプルプルと震えている。
彼女はテレビを凝視しており、一向に口に運ぶ気配はなかった。
夜の中華屋ではデルタファイブのいつもの面々が集まっていた。
今日は景隆が出演するドキュメンタリー番組の放送日だが、デルタファイブの仕事が終わりそうもなかったため、録画で後からチェックするつもりでいた。
しかし、鷹山が「せっかくなのでリアルタイムでみましょうよぉ」としきりに懇願してきたため、デルタファイブのすぐ近くの馴染みの店で一緒に観ることになってしまった。
「ううぅっ……チャンネル変えてくれ……」
景隆にとっては自分の姿が全国放送されるだけでも恥ずかしいのに加えて、これを同僚と一緒に観るという羞恥プレイを強いられた。
「えっ! お兄さんがテレビに出ているんですか!?」
油淋鶏を運んできた店員の女性が、視線を景隆とテレビに往復させつつ驚きの声を上げた。
景隆はこの店の店長の娘が両親の店でアルバイトをしていると知っているほどの常連客だった。
彼女も景隆の名前は知らないものの、顔は完全に覚えている。
そのこともあってか、驚きを隠しきれなかったようだ。
「もしかして、ホワイトナイトってあんちゃんのことか?」
隣のテーブルのおっさんにまで声をかけられ、店内はスポーツ観戦のように盛り上がりを見せていた。
「もう、すっかり有名人だねー……にとりんが話が違うってぼやいていたよー」
鷺沼はスコーンにクロテッドクリームをつけるかのごとく、シュウマイに辛子をつけていた。
昭和感満載のこの店は、鷺沼や鷹山のような若い女性が浮いてしまうほど年季が入っていたが、二人は全く気にしている様子はなかった。
番組では翔動が働きがいのある会社であり、優秀な人材が集まっていることが紹介されている。
「どこで似鳥さんと接点があるんですか……」
景隆は鷺沼の人脈に改めて感服していた。
似鳥はエンタープライズ部門のトップで、日本法人においては社長に次ぐナンバーツーだ。
似鳥のぼやきとは、エンプロビジョンからデルタファイブに派遣されている人材が、翔動に吸収されていることについてだろう。
景隆は似鳥と、エンプロビジョンの社員をデルタファイブが引き抜くことを許容する合意をしていた。 ※1
しかし、デルタファイブのオファーを蹴り、翔動へ入社を希望する者が増え始めたのだ。
「それを言ったら、石動だって似鳥さんとコネクションがあるのがおかしいんだよ」
白鳥は空芯菜を上品に箸で摘み上げながら言った。
この店で一番違和感があるのがこの男だった。
白鳥だけをフレームに収めると、ここが超高級レストランと言われても違和感がないほど、洗練された立ち振る舞いだ。
景隆は白鳥の所作に既視感を覚えたが、それがどこから来ているのか、どうしても思い出せなかった。
「うわー……竹野くん、あの格好で出たんだ……」
鷹山はドン引きしていた。
鷹山も竹野と同じように翔動でアルバイトをしている。
彼女はテレビ映えするので番組への出演も検討されたが、デルタファイブでの仕事に影響が出ることを考慮し、見送られた。
そして、景隆はすでにデルタファイブの仕事に影響が出まくっている。
この番組が放送されたことで、余計に影響が大きくなってしまうだろう。
「くっそ恥ずかしいけど、変な取り上げられ方しなくてよかったよぉ」
景隆は羞恥心に耐えながら、番組を見続けていた。
店内は景隆を見守るかのように温かい雰囲気に包まれていた――今までは。
「おっ……あんちゃんの会社も粋なことをするんだねぇ」
隣のテーブルのおっちゃんが時代劇を観ているかのように言っていたが、景隆の目はテレビに釘付けになって、その声は全く耳に入らなかった。
ブラウン管――ではなく、テレビだけはかろうじて平成感がある液晶画面には、下山の妻が映し出されていた。
「石動……さん?」
鷹山を怯えさせるほど恐ろしい表情をしていたことを、景隆は自覚していなかった。
※1 第137話 https://ncode.syosetu.com/n7115kp/137/




