第223話 想定外の取材
「まぁ! どうしましょう」
下山の妻、時枝は病室に押し寄せてきたテレビ局のスタッフに戸惑いを隠せずにいた。
「ごめん、こんなことになって」
下山は妻に負担をかけてしまったことに申し訳なさを感じていた。
「いいのよ。これも仕事のうちなんでしょ?」
時枝は下山の仕事に理解を示してくれている。
エンプロビジョンに勤務していた時期は、過酷な労働環境であったが、翔動は自分が働く時間帯を選べるため、状況は格段に改善していた。
今の仕事は以前より仕事のボリュームが増えているが、下山自身がやりたいと希望していることもあり、充実した毎日を送ることができていた。
「でも、テレビに放映されるんでしょ? 私、すっぴんだわ……」
時枝は頬に手を当てて途方に暮れていた。
下山からすると、彼女がノーメイクだろうと美しいのだが、本人にとっては一大事だ。
「奥さん、メイクのスタッフがいるので大丈夫ですよ」
「でも、それってヤラセじゃないかしら?」
「女性が外に出るのにメイクするのはごく一般的ですよね? それに、これは全国放送ですよ」
ディレクターは言葉巧みに時枝を説得した。
***
「本当に……久しぶりね……」
時枝は自分の後ろに控えているテレビカメラに緊張しながら、玄関のドアに手をかけた。
下山は普段から整理整頓を心がけているため、テレビカメラが入っても恥ずかしくない程度には片付いているだろう。
しかし、プライベートな空間を世間に晒すことに時枝は抵抗感を覚えていた。
「まぁ!」
部屋の光景に時枝は紅潮した。
部屋にはカーネーションやトルコキキョウなどがアレンジされた花束が飾られており、華やかな雰囲気を醸し出していた。
「会社のみんなが送ってくれたんだよ」
下山は微笑みながら時枝に答えた。
「本当に……いい会社に入ったのね……」
感動している時枝の裏では、ディレクターがカメラに指示を飛ばしていた。
***
「えっ! 下山さんに取材が入ったんですか!?」
下山の報告は、景隆にとって寝耳に水だった。
「すみません、事後報告になってしまって。ディレクターの方の押しが強くて断れませんでした」
下山は申し訳なさそうに言った。
景隆は想定外の事態に思い悩んだ。
柊がいたら事前に防げていたかもしれないとも思ったが、後の祭りだ。
「下山さんと奥さんは問題ないんですか?」
「妻は会社の宣伝になるならと言ってくれました」
下山も会社のことを思って取材を許可したのだろう、しかし景隆は個人のプライバシーを犠牲にしてまで会社を大きくするつもりはサラサラなかった。
***
「カットだな」
柊はサラリと言った。
白鳥ビルの会議室で、石動は柊に事の顛末を報告し、相談していた。
「でも、向こうがかけたコストがパーになってしまうんじゃないか?」
「んなことは知ったことか。そのための契約だ」
メトロ放送との間では、取材した内容のうち、翔動にとって非公開としたいものは編集で除外するという条項を入れた契約が交わされていた。
柊が言うには、この手の番組は取材された側の意図とは全く異なる番組構成になり、問題となるケースがあるようだ。
テレビ局の商習慣上、この手の契約書を交わす事例は少ないようだが、景隆は柊のアドバイスに従い、書面での契約を交わさなければ取材を受けないと突っぱねていた経緯があった。
「それに、下山さんのことは美談として扱われるんだろうけど、余計な副作用を生む可能性がある」
「というと?」
「俺たちが特定の社員をひいきしているんじゃないかという見方も出てくるだろう」
「別にそんなつもりじゃ……あっ!」
景隆は柊が言わんとすることを理解した。
今でこそ翔動の社員はわずかだが、今後大きな規模になった場合、下山に対して行った配慮を全従業員にすることは困難だろう。
このまま番組が放送されれば、翔動の企業イメージは良くなることが見込まれるが、長い目で見たらマイナスになる可能性を柊は示唆している。
「下山さんのプライバシーの問題もあるしなぁ……編集でカットしてもらうよう、お願いしておくよ」
「それがいいだろうな」
これでこの件は解決した。このときの景隆はそう思っていた。




