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第221話 アシンメトリー

「一手指したら、このボタンを押せばいいの?」


新田は対局時計を指して言った。

景隆が呼んだときは仕事を中断されたためか、やや不機嫌だったが、見慣れないガジェットに少し心惹かれているようだ。


「あぁ、そうだ」


柊は新田に対局時計の説明をしたが、新田は例のごとく一瞬で理解していた。

雫石は役作りのためにこの対局時計を使いこなしているらしく、新田とは対照的に一瞥もしなかった。


二人は将棋盤に駒を並べ始めており、ここでも違いが明確になった。

雫石は丁寧な手付きで大橋流で駒を並べていた。

将棋の作法をしっかりと勉強していることがわかる。

対する新田は順番を気にせず、手に取った駒から順に並べている。

ソフトでしか将棋を指さない新田は「たまには物理もいいわね」とつぶやいていた。


「「お願いします」」

景隆による振り駒の結果、雫石の先手で対局が始まった。


***


(なんじゃこりゃ……)

対局は中盤に入りかけたところで、景隆は盤面を見て驚いた。


先手の雫石は定跡どおりの整然とした駒の配置に対して、後手の新田はバラバラで見たこともない形だった。

柊は二人との対局経験があるためか、驚いている様子は見られなかった。


雫石は定跡の手順が教科書通りで、しっかりと勉強していることがよくわかる。

対する新田は柊からルールを教わっているだけのようだ。


今の盤面は将棋経験者なら十人中十人が先手を持って指したいだろう。それほど雫石の駒組は洗練されていた。

(雫石はまさしく優等生なんだけど、新田のは……破綻しているようで、絶妙に均衡を保っている感じもするな……)


盤面は個性が分かれていたが、対局者の二人の表情は凛として真剣そのものだった。

雫石も新田も元から美人であるが、今の二人は芸術品のように美しかった。


***


「――っ!」


雫石は声を上げそうになっていたが、何とかそれを抑え込んでいた。

それほど新田の指した手が厳しかった。

景隆は必死で十数手先まで読んでみたが、新田の攻めが成立するかどうかはかなり際どいだろう。


雫石は指を唇に当て、前のめりになって盤面を凝視している。

景隆は今気づいたが、檜垣はビデオカメラを回していた。おそらく、柊の指示だろう。


「パシン」

雫石が指し、安物の将棋盤とは思えないほど小気味よい駒音が会議室に響いた。

景隆から見た今の雫石は、見た目だけで言えば女流棋士と言われても全く違和感がなかった。


雫石の指し手はどれも問題なさそうに見えるが、新田はそれを読んでいるかのように攻めを緩めずに指し続けている。

もはや後手勝勢といっていいだろう。


――それでも、雫石は諦めず、粘りに粘っていた。


***


「負けました」


雫石は声を振り絞るように投了し、深々と頭を下げた。

対する新田は将棋の作法を知らないため、慌てて会釈を返していた。


「一局でいいのよね?」

「あぁ、十分だ。忙しいところ悪かったな」


景隆はすぐに返答した。終わってみれば実力差は明らかだった。


「いいわ。丁度いい気分転換になったし」

新田は颯爽と会議室を後にした。


「くっくっくっ……」

雫石はぷるぷると体を震わせていた。新田が退出するまで我慢していたようだ。


「くやしぃー!!!」

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