第220話 天才 vs 天才
「雫石、将棋の練習は進んでいるのか?」
自分のことを突っ込まれたくなかったのか、柊は話題を変えた。
「ん? なにそれ?」
景隆にとっては初耳だった。
「雫石が出演するドラマなんだけど、女流棋士の役なんだよ」
「役作りってことか。将棋の経験は?」
「こないだルールを覚えたばかりよ」
「それはまた奇遇だな……」
景隆は妙な縁を感じた。
翔動では将棋ソフトを急ピッチで開発している。
雫石ほど人気がある女優が将棋のドラマに出演するとなると、ちょっとした将棋ブームが起こるかもしれない。
「主役は雫石なんだけど、神代さんも出るんだよ」
「マジで!?」
この場には雫石と檜垣がいるため、柊は「神代さん」と呼んでいた。
国民的人気女優の神代が出演するとなれば、将棋ブームが来るのは必然と言ってもよさそうだ。
タイミングとして、ドラマの放映時に開発中の将棋ソフトをリリースできれば、大きなインパクトを与えられるだろう。
(後は、どう仕掛けるかだな……)
「神代さんのモデルは見坂さんなんだよ、そして雫石の最大のライバルでもある」
「めちゃくちゃ強い役ってことか……」
見坂は史上初の女流六冠を達成し、女流棋士の中では絶対的な王者だ。
「なので、私は実際の棋力でも、天才女流棋士になる必要があるのよ」
「で、進捗は?」
「私を誰だと思っているの? パーフェクトに決まってるじゃん。もう四枚落ちでも柊さんには勝てるわ」
後から聞いたところ、雫石がルールを覚えたときは八枚落ちで柊と指していたようだ。
一般的な常識に当てはめれば急激な成長力といえる。
「「……」」
景隆は柊からの電波を受信した。
「ちょっと新田を呼んでくる」
***
「あぁ、この子が例の……新田よ、よろしくね」
景隆から会議室に呼び出された新田はフラットなトーンで挨拶をした。
相手がどんな有名人であろうと、態度を変えない彼女らしい反応だった。
「お世話になっております。霧島プロダクションの雫石ひかりです」
雫石はパーフェクトヒロインモードに戻っていた。
会議室の空気は、清涼感に包まれたように変化した。
「新田は翔動のCTOだ。映画での雫石の役と同じ……それ以上の技術力があるといっていい」
「まぁ! そうなんですか!」
柊の説明に、雫石は尊敬の眼差しを新田に向けていた。
映画『ユニコーン』で、雫石は天才ハッカー役を演じている。
「新田は雫石と同じくらいの時期に将棋のルールを覚えたんだよ……で、新田はあれから将棋を指してるか?」
「あんたたちから振られてる仕事で精一杯よ、そんな暇あるわけないでしょ」
新田はぶっきらぼうに言った。
早く用件を済ませて、仕事に戻りたい――そんな強い意志をひしひしと感じる。
「雫石、状況は理解したな? 今から新田と一局指してくれ」




