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第218話 パーフェクトヒロイン

「霧島プロダクションの雫石ひかりです。改めましてよろしくお願いいたします」

雫石は誰が見ても完璧といえるようなお辞儀をした。


白鳥ビルの会議室では、ユニケーションのマーケティング戦略に関する会議が行われていた。

今後の戦略として、学習塾や予備校の代わりにeラーニングで授業を提供し、地方の学生や塾のコストを抑えたいユーザーを取り込む狙いだ。


「雫石さんは学業も優秀で将来有望ね! 私と結婚しない?」


資料を見ながら真顔でいう上田に、景隆は思わず吹き出しそうになった。

雫石は都内有数の進学校の中でも、上位の成績を収めている。

芸能活動の仕事で出席日数が少ない中で、この結果が指せるのは驚異的だ。

雫石がユニケーションのアンバサダーをするにあたって、学業の実績があるのはこの上ない強みとなるだろう。


「私、プロポーズを受けたのは初めてです。演技の参考にさせていただきますね」


雫石は上田の軽口を上手くいなしていた。

ちなみにこの時代の日本でも同性婚は認められていない。


「雫石のスケジュールは、事前に決まっているものが多いため、これ以外のお時間でしたら調整可能です」


雫石のマネージャー、檜垣はラップトップPCを操作しながら発言していた。

霧島プロダクションは翔動と資本提携されたこともあり、翔動のグループウェアを霧島プロダクションでもカスタマイズして使用している。

霧島プロダクションの非常勤取締役となった柊は、社長代行の橘と業務改革を断行しており、グループウェア導入はその一環だ。

檜垣はその機能の一つであるスケジュール管理のツールを使いこなしていた。


檜垣は武道を嗜んでいるためか、姿勢がよく、ハキハキとした話し方をする印象のいい女性だった。

柊によると物理的な戦闘になれば、誰よりも強いとのことで、ボディガードを兼務しているようだ。

裏を返すと、雫石にはそのような脅威があるということになる。


檜垣は神代のマネージャーを兼務しているが、これは神代と共演のドラマの撮影があるためだ。

今のように別行動になる場合は、従来どおり橘が神代のマネージャーとして付いているようだ。


「学校の時間は避けましょう。雫石さんはこのまま優秀な成績をキープしていただくほうが当社のためになりますし」

「ご配慮いただき、ありがとうございます。成績は落としませんのでご安心ください。ご指示いただいたことは何でもこなしてみせます」


雫石は言外に学校を休んででも仕事をするという圧をかけているように、景隆は感じた。

柊は景隆の意図を読み取ったのか、フルフルと首を振った。

そして、蕁麻疹があるかのように、顔や首をかいていた。

柊の挙動に不審な点があったが、景隆は気にせずに会話を進めた。


「大変ありがたいですが、学業を優先したスケジュールを組みましょう。これは霧島さんの意思でもあります」

「そうですか……」


柊からは雫石を説得させる必要がある場合は霧島の名前を出せと言われていた。

そして、その効果は抜群だった。


(それにしても、この年で仕事に対する執着は異常じゃないか?)

景隆は芸能界に詳しくないため、断定はできなかった。


景隆は試写会のパーティの後のことを思い返していた。

雫石は景隆について回り、仕事の話でも積極的に会話に参加していた。

景隆は上村との商談を行ったりしたが、彼女はその会話の中で自分の意見を述べるなど、社会人として立派に振る舞っていた。

中学一年生が取る行動としては異常と言っていいだろう。


***


「――以上のことから、まずは地方の高校受験生をターゲットに進めていきたいと思います」


会議は上田が主導して行われていた。

彼女は営業だが、人材不足の翔動においてはマーケティングも任せている状況だ。

もはや新田や下山と並んで、翔動にとって欠かせない人材となっている。

柊によると、上田は気分屋でいつ辞めてもおかしくはないが、高額な報酬を払っていれば問題はないとのことだった。


「あっ、高津さんとのミーティングだ! ごめん、あとよろしく」

上田はそう言いつつ、あっさりと会議室を後にした。


そして、柊はかゆみが収まったのか、普段の表情に戻ってこう言った。


「あー、雫石……普通にしていいぞ」

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