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第212話 時代の壁

「無理だな」

「ダメじゃん……」


柊の回答はにべもなく、景隆の希望を一刀両断した。


「柊は未来の将棋AIのアルゴリズムを知っているんだろ、なんとなく想像つくが、できない理由は?」

「まずはハードウェアの差だな、今の最新のコンピュータでも、その板っ切れにすら負けている」

「そんなにか!」


景隆は柊が指し示したスマートフォンを見つめながら、技術革新の速度に慄いた。


「そして、ハードウェアの性能差を補うには、膨大な計算資源を投入する必要がある」

柊によると、未来の将棋AIは複数のCPUやGPUを並列で動かし、何億通りもの手を高速に探索することで成り立っているようだ。


「それに学習データだな」

「大量の棋譜が必要ってことか」

「そうだ」


将棋AIには過去の膨大な学習データを入力する必要があるようだ。

この時代では対局データ(棋譜)の電子化が進んでおらず、データを準備するだけでも膨大な手間がかかりそうだ。


「……ん?」


景隆は柊と新田の態度に違和感を感じていた。

二人は出来もしないことに時間を使うほど暇ではない。

新田が将棋ソフトを作り始めているということは――


「……もしかして、できる目処が付いているんじゃないか?」


景隆の中で、人類を初めて打倒する将棋AIを翔動(自分たち)が作り上げたいという欲望がむくむくと湧き上がってきた。

まさに衝動的な欲望と言ってもよいだろう。


「以前、生成AIを見せたことがあったよな。そのときから、新田はGPUによる行列演算を実現しているんだ」

「多分、ものすごいことなんだろうな……」

「あぁ、世界的なビッグテックが優秀な技術者を集めて実現できることだ」

「ひ、柊が持っている情報があるからできただけよ」


景隆と柊による尊敬の眼差しに耐えきれないのか、新田は照れを隠すようにぶっきらぼうに言い放った。


「ちょ、ちょっと待て……もしかしてさくら放送株の利益を……」

「あぁ、ハードウェアに投資する」

「ふええええぇっ!」


翔動が得たさくら放送株の売却益はSPCなどの報酬額を含めると、10桁に及ぶ。

零細企業の投資額としては分不相応なほど巨額と言えるだろう。


「全部使うわけじゃないし、将棋AIを作り終えたらほかの事業に使い回せるからな」

「たしかに……」


柊は景隆が将棋AIへの巨額の投資を拒否するとは微塵も思っていないようだった。

普通の企業であれば稟議やら社内手続きやらで、決断するまでに相当な時間がかかるだろう。

しかし、今の翔動は景隆がゴーサインを出せば、すぐにでも巨額投資が実現してしまう。


(なにより新田がやる気を出しているんだよな……)

翔動において、技術的なプロジェクトが成功するかどうかは新田にかかっているといっても過言ではない。

その彼女ができもしないことにやる気を出すとは到底思えなかった。


「学習データはどうする?」

()()がある……」

「……」


景隆は柊の説明を受けて、最強の将棋AIができると確信した。


「よしっ! やろう!」

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― 新着の感想 ―
この時代だと、リアルなコンピュータ将棋の世界では「東大将棋」や「激指」あたりが幅を利かせてた頃ですな 時期的にはBonanzaのVer.1もリリースされてて、一部で「プロに勝てる将棋ソフトが出てきた」…
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