第200話 二元交渉1
「いやー……マジでびっくりしたよ」
船井は心から驚いているようだ。
エッジスフィアの会議室で景隆は船井と向かい合っている。
エッジスフィアには翔動と同様に社長室は存在しない。
これは船井が現場との距離感を重要視しているためだ。
その代わり、エッジスフィアのオフィスにはM&A案件などの秘匿性の高い会議のための特別な会議室が用意されており、景隆はその会議室に呼び出されていた。
今の話題は景隆が密かにさくら放送株を買い集めていたことだ。
「大っぴらには動けなかったもので」
「そりゃそうだ。
それにしても、石動くんはITエンジニアのイメージが強かったからね。
こないだもかなりの技術力で驚かされたばかりだし……」
「恐縮です」
景隆は船井の機嫌がよかったことに安堵していた。
内心はどう思っているか想像もつかないが、少なくとも交渉の余地がないほど激昂していたらお手上げだった。
エッジスフィアがイーストリースからリース契約を打ち切られ、窮地に陥ったときに手を貸したことが奏功したのかもしれないと景隆は考えた。
「資金調達の方法は誰か師匠がいたのかい?」
「守秘義務がありますので詳しくは言えませんが、外部から優秀な人材が入ってくれました」
翔動には資金調達に長けた人材がいなかったため、景隆にとって芦屋は救世主のような存在だった。
このことで結果的に姫路の思惑どおり進んでいるかもしれないが、今のところは景隆にとっても都合がよかった。
「その若さでそれだけのコネがあることが驚きだよ」
景隆には船井は本心から感心しているように見える。
柊によれば、神代は相手の表情から内面の感情を読み取ることができるようだが、景隆には到底無理であった。
腹芸が得意でない景隆は、今後はそのようなスキルも身に着けておくべきだと実感した。
「ほとんどは柊のコネです」
景隆はこのような交渉の場では舐められたら終わりだと思っており、本来は言うべきことではないことを承知のうえで言った。
今の船井とは本音で話すほうが上手く行くのではないかと直感的に感じていたからだ。
「柊くんは恐ろしいよね。達観しすぎていて、僕よりも年上じゃないかと思うときがあるよ」
(ギクッ)「俺もそう思います……」
過去に柊は船井と間接的に対決し、勝利していた。
以前に船井にすしを奢ってもらったとき、景隆はそのときの状況を船井から聞いていた。
今と同じような霧島プロダクション対フォーチュンアーツの構図であり、船井側が圧倒的に有利な状況であったにもかかわらず、柊はそれを打ち破っていたようだ。
「それで、石動くんたちの目的は?」
(来た、いよいよ本題だ)
船井が獲物を狙う鷹のような目で景隆を見つめてきた。
「単刀直入に言います。船井さん、メトロ放送から手を引いていただけませんか?」




