第199話 寝耳に水
「はあぁっ!?」
船井は秘書の報告に耳を疑った。
船井の秘書の壱岐にはさくら放送株の動向を追わせており、何かあれば逐次報告させていた。
その壱岐曰く、翔動がさくら放送株を10%取得しているとのことだった。
「同じ日にもう一社大量保有報告書を提出しています。提出者は――」
「石動くんか」
「はい」
船井はどんな状況でも泰然と構えることで、社内の人員に対して信頼を築いてきた。
その船井をもってしても、このことには驚きを隠せなかった。
「社長は石動社長と面識はありますよね」
「ああ、ここ最近はよく会っているが、まさかそんなことをしているとは……」
石動とは酒の席でも意気投合していたが、さくら放送やメトロ放送に関しての話題は全く上がらなかった。
「彼はどんな様子でした?」
「石動くんは放送事業に興味がなさそうだったけど……意図的にその話題を避けていたのかもしれない」
船井は改めて石動との会話を反芻してみたが、不審なそぶりはなかった。
「縦山レンタリースの件はタイミングが良すぎだと思いますが」
「たしかに、エッジスフィアのことを監視しているかのような動きだ」
「それに、青山銀行の件も」
「石動くんが手を回している可能性があるか……しかし、意図が全く読めないな」
「そうですね……」
船井と壱岐は石動の不可解な動きに首をひねるしかなかった。
これまでの石動の行動は、エッジスフィアの危機的状況を救った救世主とも言えた。
「仮に青山銀行も石動社長が手を回しているのであれば、当社の味方であると考えていいのではないでしょうか」
「いや、あえて油断させるために手を貸した可能性もある」
「しかし、大企業なら当社をどうこうできるかもしれませんが、翔動の事業規模を考えると……」
「そうなんだよな……」
エッジスフィアは上場企業だ。
仮に大企業であればさくら放送株と引き換えにエッジスフィア株を取得して、経営権を握ろうとする動きがあってもおかしくはない。
しかし、翔動は過去にエッジスフィアの傘下に入ることを提案したほどの事業規模だ。
数々の企業買収を行ってきた船井は、翔動がエッジスフィアに対して買収を仕掛けることは無理だと分かっていた。
「しかし、設立して間もない企業がこれだけの資金調達をしているのは脅威です」
「その点は僕も見誤っていたよ」
石動はさくら放送株を15%以上取得していることになり、持株数では三位だ。
現在の時価総額からすると、200億円以上の資金が必要となる。
船井がエッジスフィアを立ち上げた時期では決して調達できなかった金額だ。
石動は会社員でもあり、その職種はITエンジニアだ。
その掛け持ちで社長をやりつつ、これだけの資金調達を実現できているのは驚異的だ。
石動が資産家の一族である可能性も考えたが、財界と交流のある船井が彼の名前を聞いたことはなかった。
「当社とともに、メトロ放送を押さえるつもりでしょうか」
「そんなそぶりは全く見えなかったけどな……いずれにしても石動くんと話す必要が――」
船井の携帯電話が鳴り、発信者は石動だった。
「この後の予定はキャンセルしてくれ」
「分かりました」