第193話 トレードオフ
「石動さん、新たな資金調達先が見つかりました。青山銀行です」
「本当ですかっ!!」
芦屋の報告を受けて、景隆は思わず立ち上がった。
彼女からの報告によると、かなり大口の融資を受けられるようだ。
このところ景隆は資金調達のためにほうぼうに頭を下げて回ったが、結果のほうは芳しくなかった。
ITエンジニアの立場のときはコンピューターが相手であったため、適切な指示を与えれば望む結果を得ることができる。
しかし、人間相手ではロジカルなアプローチが相手には通じないことがあり、徒労に終わることがほとんどだった。
景隆は資金繰りに苦労する世の中の経営者の気持ちが少し分かった気がした。
「しかし、一点気になる情報が入ってまいりました」
「なんでしょうか?」
芦屋の能面のような表情に僅かながら陰りがあるように見えた。
「エッジスフィアの取引先の銀行の一つが融資を止めようとしているようです」
「ついに来ましたか……」
景隆は芦屋にエッジスフィアが銀行から融資を止められる可能性を伝えていた。
柊の予言めいたことは言えなかったが、芦屋はあっさりと首肯していた。
芦屋が納得した理由として、エッジスフィアは無謀とも言える資金調達を繰り返してきたため、銀行側はこれをリスクが高いと評価していることだ。
金融畑の芦屋から見ると、エッジスフィアの財務状況は綱渡りをしているとのことだった。
「しかし、エッジスフィアの資金繰りなんてよく追えましたね」
景隆が見込んだとおり、芦屋はただ者ではなかった。
「それは……乙女のヒミツです」
(芦屋さんでも冗談を言うんだな)
芦屋の無表情がほんの僅かに微笑みを見せたことで、景隆は不覚にもドキッとしてしまった。
仕事に忠実でお堅いイメージの彼女であるが、内面はもっとくだけているのかもしれない。
「その代わりに、青山銀行はエッジスフィアに融資をしてもよいと打診を受けています」
「すごいじゃないですか!」
景隆は思わず芦屋の手を取りそうになってしまった。
芦屋は景隆の意図を先読みして動いているようだ。
姫路に付いているときも、同じように動いているのだろう。
「しかし、ここで問題が発生します」
「なんでしょう?」
「青山銀行からの出資先は翔動かエッジスフィアのどちらか一方だそうです」
「そう来ましたか……」
景隆は大きな二択を迫られることになった。
景隆が青山銀行の出資を受ければ、さくら放送株の目標株数に近づくが、エッジスフィアを見捨てることになる。
反対に船井に融資枠を譲れば、目標から遠ざかる。
どちらもオペレーションイージスにとっては必要な要素であるが、今回はどちらかを取って、どちらかを切り捨てる必要がある。
「石動さんがご決断いただければ、後は私のほうで処理いたします」
(ムムムムムムムムムム……)
「よしっ、決めました!」