第187話 逸材
「本当に助かったよ。今回はマジでやばかった」
船井は澤の花という日本酒を煽りながら、しみじみと言った。
景隆は船井と銀座のすし店に来ていた。
各国の要人の接待にも使われる超高級店で、一般客は入店はおろか予約を取ることすらできない。
この店で平然と寿司を平らげていることからも、船井が大物であることがうかがえる。
そして、景隆をここに連れてきていることからも、さきほどの発言が本心であることが分かる。
「お役に立ててよかったです」
景隆はヒラメを食べながら本心で言った。
柊のあいまいな予言をもとにいろいろと準備を進めてきたが、これが空振りに終わる可能性は十分にあった。
エッジスフィアがイーストリースから調達したサーバーで動作していた主要なシステムは、縦山レンタリースのサーバーに無事に置き換わった。
本来であれば綿密に計画を立て、時間をかけて行うべき作業である。
しかし、イーストリースはリース契約を即座に打ち切る通達をしてきたため、残された時間はほとんどなかった。
「刈谷さんは本気で僕を潰しに来たんだよなぁ。石動くんはよくこれが分かったね」
(ギクッ)
イーストリースにこのような強硬な手段を取らせたのは刈谷であることは船井も把握しているようだ。
聞くところによると、景隆とは別の筋からも同様な情報があったという。
(おそらく、柊が言っていたことだな)
「え、えっと……デルタファイブの俺の上司が奈多さんと同期だったんですよ。
それで、イーストリースの動きが怪しいことが分かりまして……」
「なるほど、縦山レンタリースはデルタファイブと繋がりがあったね」
景隆はそれっぽい理由を並べたが、どうやら船井は納得してくれたようだ。
ちなみに似鳥は直属の上司ではなく、景隆の上司の上司の上司だ。
「僕は学生の頃に起業したから、会社員の経験がないんだけど、それでも石動くんがデルタファイブの中でも優秀な社員であることは分かるよ」
「デルタファイブには規格外のウルトラエースがいるので、正直なところ俺が評価されてもピンとこないんですよ」
「鷺沼さんのことだね。彼女は確かに化け物級だね」
景隆は改めて鷺沼の下で仕事ができたことを幸運に思っていた。
きっと当時の柊も同様に思っていることだろう。
今回の件においては、鷺沼が最初から興味を示していたため、取り込むことは容易だった。
「しかし、いくらその鷺沼さんだからって、縦山レンタリースを動かすことはできなかった。違うかい?」
「そうかもしれませんけど」
「きみは自分のことを劉邦って言っていたじゃないか。優秀な人材を周りに付けることも必要な能力の一つだ」
「え"っ……アレをご覧になっていたんですか」
「気になる経営者がいたら僕はチェックするようにしているんだよ」
「あぁ、上村さんのほうでしたか」
「石動くんもだよ。そうでなければ組もうなんて言わないよ」
(む、これはちょっとマズイ展開だな……)
船井は景隆が思っていた以上に自分を買っているようだ。
船井ほどの人物に評価されることは嬉しくもあるが、警戒されないよう振る舞う必要があった。
船井から無用な警戒を招かないよう、今日の誘いを断るという選択肢も考えていた。
しかし、船井と時間を取ってサシで話せる機会など、この機を逃したら二度とない可能性は十分にあった。
船井との会合はリスク以上にリターンが大きいと景隆は判断した。
景隆は話題を逸らすことにした。
「新田はどうでしたか? 俺はあれ以上のスキルを持ったエンジニアはいないと思っています」
「そうだね。僕が知っている中でもあれほどの逸材はいないね。エッジスフィアに引き抜きたいところだけど――」
「あ、あげませんよ?」
「はは、わかっているよ。さすがの僕でも恩を仇で返すようなことはしないさ」
さすがに新田が船井になびくことはないと思われるが、新田を外部に晒すたびに同じ思いを繰り返すのかと思うと、景隆は気が気ではなかった。
「新田さんもすごいけど、翔動にはもう一人注目すべき人物がいるね」
「え? 誰ですか?」
柊は今回の件に絡んでいないため、景隆は船井が誰のことを指しているのかさっぱりだった。
「下山くんだよ」
「えええぇっ!!??」




