第186話 布石
「奈多から連絡があった。石動が言ったようにイーストリースはエッジスフィアを切るようだぞ」
時間はエッジスフィアから縦山レンタリースにSOSが入る少し前に遡る。
デルタファイブの会議室で、似鳥は景隆を呼び出していた。
「本当ですか? 奈多さんはよくそんな情報をつかめましたね」
「蛇の道は蛇ってことだ」
景隆の情報源は柊の未来の記憶というあいまいなものだった。
加えてエッジスフィアに介入していることで、柊が知っている未来とは違う結果になることは十分に考えられた。
しかしながら、奈多はイーストリースの動きを的確につかんでいるようだ。
似鳥の言うように、独自の情報網を持っているのだろう。
「エッジスフィアに対して、サーバーを扱うリース会社はどこも動いていないようだ」
「そこまで分かるんですか! そうなると……」
「ああ、縦山レンタリースに話が来るだろう。奈多はお前に感謝していたぞ」
(あぁ、よかったぁ)
景隆は以前、船井に引き合わせたときにぞんざいな扱いをされたことに申し訳なさを感じていたため、胸のつかえが取れたように感じた。
「しかし、本当にシステムを総取っ替えとなると一大事だぞ」
「デルタファイブで取るような案件ではないですね」
「そうだな……」
デルタファイブのエンタープライズ部門の主な顧客は金融機関の基幹システムや航空機の制御システムなど、ミッションクリティカルと呼ばれるシステムを持つ企業だ。
ミッションクリティカルシステムは24時間365日の無停止運用が求められるほどの重要なシステムで、多額の運用費用が要求される。
エッジスフィアはかなりの事業規模であるが、デルタファイブのメインの顧客層からは外れている。
これは船井がシステムを資産として購入せずに、リースで調達していることからも明らかだった。
「本当に翔動でやるつもりか? 火中の栗だぞ?」
似鳥の発言はもっともだ。
エッジスフィアのシステムの情報はほとんどないにもかかからず、景隆は移行作業を請け負おうとしている。
業界人のだれもが「やばい案件」として回避したくなる案件だろう。
「はい、今回は引けない事情があるんですよ」
「何やら訳ありのようだな」
「はい」
オペレーションイージスにはエッジスフィア潰しを阻止するという目標がある。
景隆と柊は船井がこのままこの難局を乗り切ることは不可能だという判断をくだしている。
翔動が手を貸すことでこれを解決しようとしているが、問題は船井がその手を取るかどうかだ。
船井からみれば翔動には大した実績もなく、大手のシステムベンダーに依頼すると考えるのが妥当だろう。
「わかった。奈多には翔動を推しておくように言っておく」
「いいんですか?」
「元はといえばお前が持ってきた案件だからな」
「それに、縦山レンタリースにとってはリスクはないからな」
「たしかに……」
縦山レンタリースは機器を提供しその対価を得るだけだ。
リースした機器が破損したりしない限りは損失を受けない。
「翔動だけの人員では心もとないので、デルタファイブからお借りしたいのですが」
「おっと、デルタファイブが翔動の下請けになるのか。鷺沼がほしいなら高く付くぞ」
「お見通しでしたか」
翔動の業績は急拡大しており、手元の資金はそれなりに潤沢だったが、今はそれをさくら放送の株式にかなり使っている。
支出はできるだけ抑えたかったが、鷺沼が得られるのであれば、相場の数倍を支払ってもお釣りが来るだろう。
かくして、エッジスフィアのシステム移行プロジェクトが発足した。