第184話 想定の範囲内
「大変です! イーストリースが契約を打ち切ると通達してきました!」
エッジスフィアのオフィスにて、CTOの榛名の報告に船井は驚きはしつつも、こう言い放った。
「想定の範囲内だ」
「それって……」
それは船井がメディアに対して繰り返し言ったセリフだった。
巷では流行語にもなりつつあるこの言葉が、榛名にとっては気休めに聞こえたのだろう。
(本気で潰しにくるんだな……)
船井は手段を選ばない刈谷に対して憤りを覚えていた。
メディアから見える刈谷は紳士的に見えるが、実際にはありとあらゆる手段を使って敵を追い落とすことで今の地位を築いている。
卑近な例として、メトロ放送の社長の座を逢妻から奪った電撃的なクーデターがある。
「本当に想定していたんだ」
船井は堂々といいながらも、自らの失態であることを内心で自覚した。
石動とシュナイダーからそれらしい情報を得たにもかかわらず、対策らしい対策をしていなかった。
これは経営者として失格であり、ステークホルダーである株主に知られた場合は責任を問われるだろう。
とは言え、社内外では常に自信を持った態度でいる必要があった。
これはエッジスフィアを創業してからの船井なりの経営哲学であり、処世術だ。
事実として、従業員は船井を信じてついてきてくれている。
「縦山レンタリースの奈多社長とコンタクトを取ってくれ、話はつけてある」
「さ、さすがですね……」
内情を知らない榛名は感心しきりだった。
***
「わざわざご足労いただき、本当にありがとうございます」
船井は以前の無礼な振る舞いを内心で侘びつつ、奈多に感謝した。
「船井さんのご事情はわかっているつもりです」
奈多は榛名に目をやりつつも、そう答えた。
奈多が言った「事情」とは、船井が部下である榛名に弱みを見せたくないという意図を汲んだものだろう。
奈多は敢えて多くを語らず、相手の望む方向に上手く誘導するスタンスのようだ。
言葉を巧みに操り、雄弁に語ることで周りを牽引する船井とは対極的であった。
「さすがに、すべてを同じ製品で置き換えるわけにはいきませんね」
榛名はリース可能な製品の一覧を眺めながら言った。
エッジスフィアはさまざまなベンダーのサーバーやPCをイーストリースから調達していた。
これは、事業規模が大きくなるにつれ、その当時の最新機を導入していたためだ。
榛名の言うように、どこから調達するにしても同じ製品を用意することは不可能だ。
「それに、デルタファイブの製品が多いですね」
「弊社とは資本関係がありましたから」
かつて、デルタファイブの日本法人は縦山レンタリースの親会社である縦山電機の資本が入っていた。
その関係で縦山レンタリースの商品はデルタファイブのものが多いようだ。
「それに――デルタファイブの製品を選んでいただくことで、良いこともありますよ」
奈多からの提案は船井らにとって渡りに船であった。