第183話 謎の女性
「なるほど、新株予約権の発行は無理筋だったのですね」
ホテルの最上階のレストランでシュナイダーは優雅に微笑んだ。
船井は目の前の美しい女性、シュナイダー透子から目が離せなかった。
彼女は船井を取材していた取材者の中の一人だった。
船井は自分を取り巻く記者連中にうんざりしていたが、彼女だけは特別であった。
彼女はさくら放送株を巡って敵対関係にある刈谷に関する情報を持っていたこともあるが、何よりもこの惑星をくまなく探してもこれ以上はいないだろうと思わせるほどの美貌が船井の心をつかんで離さなかった。
船井はシュナイダーにさくら放送が行った新株予約権の発行に対して、発行差し止めの仮処分を申し立てた経緯を語っていた。
東京地裁は船井の主張を認め、新株予約権の発行を差し止める仮処分を決定している。
この件に関しては船井側の完全勝利といっていいだろう。
シュナイダーは聞き役に徹して話を引き出すのが非常に上手なため、船井はいつも以上に饒舌になった。
「おっと、これは美味そうだ」
テーブルには鯉とシュークルートのロールキャベツが置かれており、船井はすかさずデジタルカメラで写真を撮っていた。
「これもブログに掲載されるんですね」
「ええ、よくご存知ですね」
エッジスフィアではサイバーフュージョンと同様にブログサービスを提供しており、船井自身も『社長ブログ』というタイトルのブログを投稿している。
放送局の買収騒動のまっただ中ということもあり、船井のブログのアクセス数は突出している。
当初は会社経営にまつわる記事が中心だったが、今では高級レストランの料理を紹介する記事が占めるようになっている。
船井がおいしいと評価した店は予約が殺到するほどの人気が出るため、船井はほとんどのレストランから高待遇を受ける。
このことがより船井を美食の道へといざなっていた。
「私もブログは少々やっておりますが、なかなか大変ですね」
「それは興味ありますね。お仕事関係ですか?」
「仕事で得た情報をブログに書くことは禁じられています。
匿名で日常的な話題だけを書き綴っているだけなんですよ」
シュナイダーはドイツのミュンヘンでアナウンサーをしていたが、国内の報道機関で働くために就職活動をしているとのことだった。
現在は国内の通信社でアルバイトをしているようだが、アルバイトとは思えないほどの情報を持っていた。
加えて、エッジスフィアが提出した新株発行差し止めの仮処分申請とその判決の内容を熟知しており、法的な知識も持っているようだ。
時々垣間見せる知的な側面が、より彼女の魅力を引き立てていた。
「メトロ放送は次の手を打ってくると思われますが、それについてはどうお考えですか?」
シュナイダーは料理を楽しみつつ、しっかりと船井のことを探ってきた。
「詳しくは明かせませんがいくつかは想定していて、ちゃんと対策も考えています」
「さすがですね。船井さんがトップなら、従業員の方々は頼もしいでしょうね」
船井は自分が高揚しているのはアルコールの影響だけではないことを自覚した。
これまで、さまざまな相手と食事をともにしてきたが、これほど心地よく会話が弾むのは初めてだった。
「一点気になる情報が私に入ってきましたが、船井さんなら把握されているかもしれないですね」
「なんでしょう?」
これまでの会話から、シュナイダーは船井が知らない情報を持っており、耳を傾けざるを得なかった。
これらの情報源が謎であることからも、彼女のミステリアスな魅力を引き立てている。
「イーストリースの高畑社長は刈谷社長とかなり懇意にされております。
そのイーストリースに刈谷社長が働きかけているという情報が入って参りました」
シュナイダーからもたらされた情報は、決して無視できない内容だった。
***
「なぁ、柊」
「なんだ?」
白鳥ビルのオフィスで景隆は柊に尋ねた。
「エッジスフィアがイーストリースから契約が切られるとして、それを船井さんに伝えるべきじゃないか?」
「そうだな、それとなく忠告はしておいたよ」
「えっ!? 柊は船井さんとそんなにつうつうなのか?」
「いゃ、俺からじゃない」
「???」