第182話 M&Aの大物
「もしかして、メトロ放送を買収しようという動きもあるのか?」
メトロ放送はさくら放送と同様に上場している。
柊によると、大株主である逢妻の影響力を削ぐため、社長の刈谷がメトロ放送の上場を断行したとのことだ。
船井がさくら放送にTOBを仕掛けたように、メトロ放送に対してもTOBをすることで理論上は議決権を確保できる。
「ちょっと待って、メトロ放送株はさくら放送が押さえているんじゃないの?」
景隆の発言に対し、新田の反論はもっともだった。
どれだけ資金がある者でも、さくら放送が保有しているメトロ放送株がある限り、メトロ放送を完全に掌握することはできない。
「尾幌さんがホワイトナイトになったんだ」
「それ誰よ? ホワイトナイトって何? 白馬の王子様?」
突如、柊から謎のワードが飛び出てきたことで新田は混乱していた。
景隆は「王子じゃなくて騎士だろ」というツッコミをこらえながら、柊に尋ねることにした。
「尾幌さんって、創革インベストメントの社長か?」
「創革インベストメントって、創革グループの?」
創革グループは、インターネットコングロマリット企業だ。
インターネット関連事業のほか、通信、インターネット証券など多角的な経営を行っている。
そのトップである武佐は、日本屈指の起業家として知られている。
そのグループ企業である創革インベストメントはベンチャーキャピタルファンド等の運用を行っており、尾幌が社長を務めている。
「あぁ、そうか今はまだ創革グループだな」
「え? グループから抜けるの?」
「まぁ、グループのことは置いておこう、ホワイトナイトとは買収者に対抗して、友好的に買収または合併する企業を指すんだ」
「要するに敵対的買収を友好的買収で阻止するってことか……その企業から見ると、確かに王子様だな」
「でも、どうやって助けるの?」
景隆の中で色々と気になることが増えたが、新田が当初の疑問に戻してくれた。
景隆が知る限りでは、さくら放送株の過半数を押さえた時点でメトロ放送は掌握したも同然なはずだった。
仮に誰かが市場に出回っているメトロ放送の株を全て取得しても、さくら放送が持っている議決権は超えられない。
「尾幌さんは株券消費貸借契約を締結して、さくら放送が持つメトロ放送株を一定期間借り受けたんだよ」
「そんなことができるのか!?」
「えっと……そうなると、さくら放送が持つメトロ放送の議決権が創革インベストメントに渡るってこと?」
「そういうことだ」
「じゃあ、さくら放送を掌握してもメトロ放送の議決権は取れないから、船井さんがメトロ放送を支配するという目的は果たせなくなるのか!?」
「そうだ、尾幌さん曰く『大人の解決策』だそうだ」
「うそん……」
景隆は戦慄した。
一連の船井による買収劇は鮮やかで、景隆には到底思いつかないものだった。
しかし、柊の言った内容が事実なら、尾幌は船井よりも遥かに格上だと言っていいだろう。
「M&Aに関しては尾幌さんは百戦錬磨だ。彼曰く『船井くんはまだまだ甘い』だそうだ」
「うへぇ」
新田は「武佐だけじゃなくて尾幌って人もすごいのねぇ」と感心していたが、一方で景隆は重要なことに気がついた。
「ってことは尾幌さんが動く前に決着を付けないとマズイじゃないか!」
突如として、景隆は尻に火を点けられた。