第176話 リーガルバトル
「まずは原告であるエッジスフィア側の主張を整理する」
「おぅ」
「さくら放送がメトロ放送に対して新株予約権を発行する際、第三者に有利な条件による発行を行っていることが問題であるとした」
「有利な条件って?」
「当時の市場価格より10%安い額面で発行したんだ」
「はあぁ!? ずるいだろ!」
景隆は激怒した。
これは景隆や船井に限らず、既存株主にとっては納得がいかないであろう。
「本来であれば株主総会の特別決議が必要だ。
加えて、株主を制限したいならば定款に株式譲渡を制限しておくべきだとエッジスフィアは主張した」
「至極まっとうな主張に思えるぞ」
定款は法人の基本的なルールを定めた書類で、憲法のようなものだ。
景隆は法人を二つ設立しているため、一定の知見は持ち合わせている。
「一方、さくら放送側は新株予約権の発行は企業価値を維持・向上させる点にあり、現経営陣の維持が目的ではないという主張だ」
「なんか苦しくないか?」
景隆はエッジスフィア側の主張に正当性があるように思えた。
さくら放送の目的はメトロ放送を筆頭株主にすることが明白だ。
函南と刈谷がそろって記者会見をしていることからも、二人の間で何らかの取り決めがなされているだろう。
「東京地裁はエッジスフィアの申し立てを認め、新株予約権の発行を差し止める仮処分を決定した」
「はあぁ、だよなぁ……これが許されるなら何でもアリだろ」
景隆は張り詰めていた緊張が解けた。
しかし、まだ不安が残っていた。
「これって、控訴するのが普通なんじゃないのか?」
「さくら放送はこの決定を不服として、抗告を行っている」
「抗告?」
「司法制度における不服申立ての一種だ。そして、エッジスフィアは5億円を供託している」
「供託?」
「申立人が一定の法律上の目的を達成するために金銭に該当するものを供託所に預けるんだ」
「つまり、供託をしていれば最終的な判断がくだされるまで、仮処分命令は有効になるってことか」
「そういうことだ。これで上審でこの判断が覆されない限り、新株予約権を発行できなくなる」
「はああぁ……すげぇなぁ……」
景隆は改めて船井の手腕に驚嘆した。
「それでさくら放送の抗告はどうなったんだ?」
「新株予約権が著しく不公正な方法であるものとして、棄却された」
「つまり、控訴して勝たないとさくら放送は新株予約権を発行できなくなったんだな?」
「そういうことだ」
景隆はふぅと息を吐いた。
柊が言った内容は、柊が経験してきた未来の出来事であり、この世界線でも同じ結果になるとは限らない。
しかし、この件についてはエッジスフィアに分があるように思えた。
「そうすると、エッジスフィアがさくら放送の買収に成功してしまうんじゃないか?」
景隆は先ほどまでメトロ放送による買収が成功することを懸念していたが、今度は対抗側の心配をし始めた。
船井は『想定の範囲内です』と言っている以上、さくら放送の買収に自信を持っているのだろう。
しかし、エッジスフィアが買収に成功してしまうと、霧島プロダクションが窮地に立たされ、オペレーションイージスは失敗となる。
したがって、自分たちがキャスティングボートを握るためには、この二社のバランスが拮抗している必要がある。
「メトロ放送はエッジスフィアに対して、ほかにも手を打っていたんだ」
柊は未来の知識をもとに刈谷の動向を追いかけていた。
その裏で神代が動いていることを景隆は知る由もなかった。
柊は考え込んだ後、意外なことを言い出した。
「石動、リース事業者にコネを作ってくれ」