第175話 新株予約権
「想定の範囲内です」
報道陣に向けられたマイクに向かって、船井は堂々と言い放った。
「何か対策をお考えでしょうか?」
「もう動き出しています」
不敵に言った船井に報道陣は矢継ぎ早に質問を重ねていくが、船井は肝心なところをぼやかしつつ、秘策があることを仄めかしている。
このような船井の言動が注目され、エッジスフィアは連日メディアを賑やかせていた。
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「新株予約権? 株が発行されるのか?」
白鳥ビルの会議室で、景隆はさくら放送の社長、函南とメトロ放送の社長、刈谷の共同記者会見の内容を確認していた。
この記者会見では、さくら放送がメトロ放送へ新株予約権を発行することが発表されている。
新株予約権はあらかじめ決められた金額や条件で、株式会社の株式を取得できる権利だ。
新株予約権者が権利を行使すると、決められた権利行使価額で株式を取得できる。
「あぁ、そうだ。さくら放送が発行した新株をメトロ放送が決められた価格で買うことができる」
「エッジスフィアに対する買収防衛策ってことか」
発表された内容によれば、発行済株式総数の約1.4倍に相当する株式が発行される。
「さくら放送の株式総数が1.4倍に増えると、今のエッジスフィアの保有率は3割から2割に減るってことか」
「大体あっている」
株式が新規に発行された場合、既存株主の保有率は希釈化する。
エッジスフィアはさくら放送に対するTOBを行っており、実際には3割以上の株を取得していることが想定されている。
いずれにしてもエッジスフィアの保有比率が大幅に低下することは避けられないだろう。
「そして、追加の4割の分はメトロ放送が取得するなら、一気に逆転するってことか」
「そうなるな」
先日、メトロ放送はさくら放送に対するTOBを行うことを発表していた。
それに加え、メトロ放送が新株を取得すれば、エッジスフィアの保有率を大きく上回ることができる。
「これって、まずいんじゃないか?」
新株を取得できるのはメトロ放送だけなので、これが実現すればメトロ放送はさくら放送の筆頭株主になるだろう。
こうなった場合、翔動とSPCが保有している議決権の効力が大きく損なわれ、交渉力を失うことになる。
加えて、発行株式数が増えた場合は株価にネガティブな影響をもたらす。
現在、TOBが発表された影響で保有しているさくら放送株の含み益は膨大であるが、これが一気に消失してしまう可能性もある。
「本当に実現するならな」
「え? 実現しないの? そういえば、船井さんは『想定の範囲内です』って言っていたな」
柊の表情には一切の動揺が見えなかった。
どうやらこの新株予約権の発行は既定事項であるようだ。
船井の発言からも、何らかの対抗策があることがうかがえる。
「エッジスフィアは新株予約権の発行が不公正だとして、東京地裁に発行差し止めの仮処分を申し立てたんだ」
「それで……どうなったんだ?」
景隆はごくりとつばを飲み込みながら尋ねた。
この司法の判断がオペレーションイージスの成否を左右すると言っても過言ではない。
さくら放送株には100億円規模の資金を投じているため、このマネーゲームに敗北してしまうと翔動の事業継続性も危ぶまれる。