第173話 マネーゲーム
「始まってしまったな」
白鳥ビルの会議室で、景隆はネットのニュースを見ていた。
報道によると、船井率いるエッジスフィアがさくら放送株を30%取得していた。
景隆にとっては青天の霹靂だった。
株を大量取得するにしても、せいぜい5%くらいであると思っていたためだ。
「こんなに一気に買ったら、マーケットインパクトが出ちゃうんじゃないか?」
景隆の疑問は報道されている内容ではわからなかったため、柊に説明を求めた。
マーケットインパクトとは、自分が出した売買注文によって市場価格が変動することを指す。
これだけ大量に株を買い付けているため、景隆の予想では株価は急激に変動するはずだった。
「ToSTNeT-1だ」
「とすと……ねっと?」
「売買立会時間外に取引を成立させる方法だよ。
ToSTNeTは1から3まであって、1は単一銘柄に対して相手方を指定して取引ができる」
「お互いの合意があれば、取引が成立するってことか」
「そうなるな」
「エッジスフィアに株を売ったのは誰なんだ?」
「そこまではわからん」
「そりゃそうだよな……それにしてもそんな手法があったなんて……」
景隆は船井がさくら放送株を大量取得することは知っていたため、そのこと自体には驚かなかったが、船井が使った手法には驚いた。
「柊は記者会見を見ていたんだよな? どうだった?」
景隆は日中、デルタファイブで勤務しているため、情報の取得がどうしても遅くなる。
昼休み中にニュースを見たときは一人で仰天して周りを驚かせていた。
「『もう詰んでますから』だそうだ」
「え? 詰んだの?」
景隆は焦った。
船井の発言が事実なら、負けが確定してしまうことになる。
柊によると『もう詰んでます』はこの先流行語になるようだ。
それほどまでに船井は注目される存在となる。
船井がプロ野球球団の買収に名乗りを上げたときは一躍時の人となったが、テレビ局を買収するとなれば注目度は桁違いだろう。
「メトロ放送はさくら放送株に対するTOBを発表することになる。
ここから、メトロ放送はありとあらゆる手を使って抵抗するんだよ」
「そこは、さくら放送じゃないのな」
船井の狙いはメトロ放送であることは柊から聞かされているが、すでに世間一般でもそのように認識されているようだ。
「あっ! 北山ファンド!」
景隆は重要なことを思い出した。
「エッジスフィアと北山ファンドの持ち株を合わせれば過半数にかなり近くなるんじゃないか?」
「まぁ、そうなるな」
「やっぱ詰んでるんじゃね? くっそー……やはりあの時俺がもっとしっかりやっておけば……」
景隆は改めて白鳥銀行からの資金調達ができなかったことを悔やんだ。
「仮に、北山さんが船井さんに持ち株を売れば、さくら放送もメトロ放送も船井さんの支配下だ」
「え? 二人は組んでいるから、そうなるんじゃないの?」
「そこがマネーゲームの面白いところだ。
北山さんの目的は経営に参加することではなく、持ち株を高く売りたいんだよ」
「ってことは、メトロ放送のTOB価格がエッジスフィアの提示価格を上回れば――」
「高い方に売るだろうな」
「マジか……高みの見物だな」
柊の話が本当なら、北山はすでに勝ちが確定していることになる。
(でもインサイダーで捕まるなら、負けなのか……?)
「でも、お前の知っている未来とは少し違っているんだろ?」
柊の経験ではエッジスフィアとフォーチュンアーツの資本提携は実現していなかった。
これにより、船井はさらに大きな資金調達をしている可能性がある。
「そのとおりだ。だから俺たちは交渉できるほど持ち株を増やすまで、エッジスフィアとメトロ放送の力関係を均衡させておく必要がある」
「お前、フィクサーみたいだな」
さくら放送株を巡って、名だたる企業と人物が世間を賑わしているが、本当に恐ろしいのは柊かもしれないと景隆は思い始めた。