第172話 貧乏くじを引く男
ええっ! 綾華と会ったの?」
普段から冷静沈着な白鳥がここまで驚くのは珍しい。
アストラルテレコムのマシンルームで、景隆と白鳥は床に直に座って作業をしていた。
マシンルームはコンピューター機器に最適化された空間であるため、人間にとってはつらい環境だ。
机や椅子が用意されていることもなく、エアコンの風がごうごうと吹き付ける。
景隆のようなインフラエンジニアはOSやファームウェアの作業をする都合上、サーバーやネットワーク機器にシリアルケーブルを直接挿して作業するしかない。
これまで疑問にも思っていなかったが、育ちがよく(よく見ると)高級なスーツを着ている白鳥が床に直接座っている光景は滑稽に思えた。
(家業を継げばもっと労働環境がよくなるのにな……)
白鳥とはそういった話題になることもあったが、彼はITが好きで自分に向いていると言っていた。
これまでは詮人からのプレッシャーがあって、家業を継ぐ可能性を仄めかしていたが、今は自由にさせられているようだ。
この詮人の心境の変化は柊の行動が影響しているが、そんなことは景隆は知る由もなかった。
「会ったのは偶然だけど、そんなに驚くことか?」
「え? 綾華のことを知らないの?」
「だから、こないだ初めて会ったんだって」
白鳥は「そっか、石動はテレビないもんな……それでも……」などとブツブツ言っていた。
「しかし驚いたよ。あんな綺麗な妹がいるなら、白鳥がシスコンになるのはしょうがないよな」
「俺はシスコンじゃないって」
景隆は改めて白鳥家の血筋に驚嘆した。
白鳥と詮人は男性の景隆から見ても突出して容姿が整っていた。
綾華に至っては一種の芸術品ではないかと思われるほどだった。
きっと白鳥の母も美人に違いないと景隆は妄想していた。
「仕事で偶然会ったんだよ」
「白鳥不動産の仕事で?」
白鳥には以前、SREテクノロジーズの仕事を手伝ってもらったこともあり、景隆が白鳥不動産と関係があることを知っている。
「白鳥不動産じゃなくて、白鳥銀行で偶然会ったんだ」
「最近、父が綾華と仕事するようになってきたんだけど、その関係かなぁ」
景隆は白鳥が詮人からのプレッシャーがなくなった要因として、綾華の存在があるような気がしてきた。
「ちょっとやっかいな案件があって、白鳥の親父さんや伯父さんに相談していたんだよ」
景隆は100億円規模の資金調達という大きなミッションを抱えている。
正直なところ、今ここで作業をしている時間が惜しかった。
「こないだの案件よりも大変な感じ?」
白鳥はSREテクノロジーズの案件を指して言った。
「誇張抜きで、規模的にはその100倍以上かなぁ」
「マジか……俺は一般社員でよかったよ」
安堵している白鳥だったが、彼が後に大きなとばっちりを受けることを、今の二人は想像だにしなかった。