第170話 触媒
「ちなみに柊とはどうやって知り合ったの?」
それが景隆にとって最大の謎だった。
景隆は脳内で時系列を整理することにした。
以前、綾華は白鳥からデルタファイブが提供しているシステムで発生した問題について聞いていた。
次に、綾華が柊に白鳥が抱えている問題を相談し、柊の助言によって解決した。
柊によると白鳥は綾華に社外秘の情報をうまく伏せた状態で話していたようだ。
景隆は当時のことを思い出した。
冗長化されたシステムにもかかわらず、サービスが停止する大問題だった。
景隆と白鳥は原因がわからず、お手上げの状態だった。
システムはクラスター化しており、仮にサーバーが落ちても他のマシンに切り替わり、サービスが継続する仕組みになっている。
したがって、クラスターに属しているサーバー単体の問題ではないことが分かる。
そこで、綾華の助言を受けた白鳥はファームウェアの不具合の可能性が高いことを指摘した。
ファームウェアはどのサーバーにも使われており、このファームウェアの挙動次第でサービスが停止する可能性があった。
白鳥の指摘は理にかなっており、景隆はファームウェアに焦点を絞って調査した。
これが見事に当たり、景隆と白鳥はこの重大問題をスピード解決した立役者として評価された。
この功績が認められ、二人はアストラルテレコムの担当チームに配属された経緯がある。
そして、アストラルテレコムで柊と出会うことになった。
つまり、今の景隆が奇想天外な人生を送り始めた要因の一つが目の前の少女ということになる。
「柊さんとはお仕事の関係で、何度かお世話になっておりました」
綾華は淡々と言ったが、その表情には大切な思いを秘めているように見えた。
「え? 社会人なの?」
景隆は驚いた。
綾華はどう見ても未成年だった。大河原と同世代だと思われた。
大河原は社会人になったのでそう考えるとおかしくないが、都内でこの年代の女性が就職しているのは少数派だろう。
(もしくはアルバイトか……)
白鳥の業務を理解しているということは、IT関連の仕事をしているというのが景隆の推測だった。
詮人は「本当に知らないんだね」と小声で感心していたが、景隆にはさっぱりだった。
「あの、差し支えなければ、石動さんが今直面されている問題についてお聞かせ願いますか?」
綾華はすがるような目つきで景隆に懇願した。
この表情で頼まれると何でも暴露してしまいそうだが、今抱えている案件はトップシークレットだ。
「綾華は私の仕事も少し手伝うようになったんだ。
親バカかもしれないが、彼女には少しずつ社会の厳しさも教えておきたくてね。
それに、私も石動くんの話を聞いてみたいと思っている。
そのためのNDAを用意してある」
そう言って詮人は書類を差し出した。
タイトルには『秘密保持契約書』と記載されている。
詮人とは事前に相談していることもあり、NDA(秘密保持契約書)が交わされていた。
同じ内容の契約書に綾華が署名するということであろう。
景隆は空いた口が塞がらなかった。