第166話 反撃するサンドバッグ
「え?」
明石は気が抜けたコーラのような表情を浮かべた。
「鷹山、議事録の続きを頼む。今メールで送った」
「は、はい。届きました」
景隆は議事録を鷹山に任せ、発言を続けた。
「サポート契約の第四条『相互協力による問題解決』では、甲乙両者は障害の早期かつ円滑な解決のため、必要に応じて緊密に連携し、それぞれが保有する情報、技術、リソースを相互に共有するものとしています。
本会議において、この要件を満たしていない旨の発言はございませんでした」
会議室の全員が唖然としている中で、景隆は続けた。
「13時12分、弊社が提示した解決案において、13時41分および14時5分、明石課長はこの案に対して棄却する旨の発言をされました。
これは今後、同一の障害が発生した場合の争点となるため、議事録に明記させていただきます。
この認識について齟齬がありましたら――」
景隆の発言に今度はアストラルテレコム側の社員の表情が蒼白となった。
明石が白鳥の提案を跳ね除けたことで、これから損失が出た場合は明石の判断が問われる可能性を景隆は示した。
「ちょ、ちょっと待って。まだ結論は出していない」
明石から敬語が取れていることから、かなり動揺していることが見て取れる。
「それはこれからご検討いただけるという認識でよろしいでしょうか」
これまでの勢いがまるでなかったかのように、明石は態度を翻した。
***
「ふー、石動のやつ、すごかったな」
「すごかったですねぇ」
アストラルテレコムの受付で退館手続きを終えた白鳥と鷹山は、トイレに行っている景隆を待っていた。
「あのとき、石動さんはなんて言ってたんですか?」
鷹山は景隆から漏れ出た独り言を、白鳥だけが聞こえて驚いたことを指して言った。
「あいつ、『たかだか1000万くらいで騒ぎやがって』って言ってたんだよ」
「ほえぇ」
***
「すまん、鷹山。いつもの明石さんはもう少しまともなんだ」
デルタファイブのオフィスに戻った景隆は、鷹山に謝罪した。
いずれは明石への報告を鷹山に任せるつもりであったが、今日の明石は度が過ぎていた。
「私はいい経験をさせてもらったと思っていますケド……」
「?」
鷹山はじっと景隆を見つめていたが、景隆は彼女の表情から何を考えているのかをつかみ取れなかった。
「石動は契約書を暗記していたのか?」
「それ、私も気になっていました!」
「んな訳ないだろ。せいぜい概要くらいだ。
何かあればすぐに閲覧できるようにしていたので、明石さんが訴訟をちらつかせたときに読み直していたんだよ」
「あの一瞬でですか?」
鷹山は目を丸くして驚いていた。
「白鳥さん、これって……」
「石動のほうがおかしいから」
「ですよねぇ」
景隆は自分が経営者の立場になったことで、契約内容に関して敏感になっていた。
それ以前は白鳥や鷹山と同様に、気にも止めていなかったことだった。
「烏丸さんへの報告は?」
「少し呆れていたが、問題なかったぞ」
景隆は明石が訴訟を仄めかしたことを報告していた。
「ないと思うが、万が一訴訟されたらどうするつもりだったんだ?」
白鳥の言い分はもっともで、万が一のことを恐れて先に上司に相談するのが一般的な対応だろう。
「エンプロビジョンとの件で、法務とのつながりが出来ていたんだよ。
いざとなったら動かしていいって、似鳥さんから言われていたから活用するつもりだった」
「そこまで考えていたのか……」
白鳥は感心しているのか、呆れているのか、よくわからないような表情だった。
鷹山はぽぉーっとした表情で、こちらもよくわからなかった。