第162話 競合
「うん、船井くんからは似たような話が来ていたよ」
サイバーフュージョンの社長室で、上村はさらりと言った。
景隆は姫路に持ちかけた話を、そのまま上村にも持ちかけていた。
「Web Tech Expoの説明会のときかなぁ、そのときはまだここまで具体的ではなかったけど」
景隆はその日に船井と遭遇したことを思い出した。 ※1
(もしかして、船井さんが言っていた企業秘密ってこれのことか?)
「そのお話はどうなったのでしょうか?」
景隆は内心、気が気じゃなかった。
もし、サイバーフュージョンがエッジスフィアと組んだ場合は驚異的だ。
「放送とネットの融合という構想は共感できたんだよね。
当社もいずれは番組をネットで配信する事業をやりたいと思っていたんだ」
柊によると、サイバーフュージョンは将来、インターネットTV事業を始めるようだ。 ※2
仮にエッジスフィアとの資本提携などが実現した場合、この事業を加速することが期待できる。
翔動はサイバーフュージョンと動画配信事業で業務提携をしているが、事業規模がはるかに大きなエッジスフィアと組む方が上村の目的に適っているだろう。
(あれ? ヤヴァイんじゃね?)
「船井さんも動画配信事業に積極的なんでしょうか?」
「どうかな……彼の動きは読みづらいからね」
景隆は、柊がいるからこそ、船井が仕掛けてくることがわかっている。
このようなチート的な存在がない場合、船井の動きを読むのはかなり難しいだろう。
事実、船井は驚きべき手法で、さくら放送に対する買収を仕掛けることになる。
「船井くんの話は魅力的だが、いくつかの懸念があったんだ」
「お伺いしても問題ないでしょうか?」
「うん、当社とエッジスフィアは事業のセグメントが似すぎているんだ」
「競合してしまうということでしょうか」
「そうだね。仮にメディア事業でうまくいったとしても、ほかの事業でぶつかってしまう可能性が高い」
上村は目先の利益にとらわれず、先々を考えているようだ。
「事業が重複しているなら、合併という選択肢はないんですか?」
「おや、踏み込むね」
事業セグメントが重複している企業が合併することで得られる利点は非常に大きい。
規模の経済によるコスト削減効果や市場シェアの拡大と競争力強化、知識・技術・ノウハウの共有など、枚挙に暇がない。
「ぼくと船井くんは、個性が強すぎるんだよ」
「こんなことを言っては失礼かもしれませんが、なんとなくわかります」
「ははは、いいよ。どうやら君もこちら側の人間のようだからね」
上村も船井も、一代で自分の会社を大企業まで急成長させてきたカリスマ社長だ。
この二人のどちらかがトップになった場合、残りの一人の能力が活かせる場面があるかは疑問だ。
また、意見が衝突した場合、取り返しのつかないことになる可能性も十分に考えられる。
「前置きがすごく長くなったね。そんなこんなで、船井くんと組むのはリスクのほうが大きいと判断したんだ」
「そうですか……」
景隆は内心で大きく安堵した。
しかしながら、これは上村には見透かされているかもしれない。
「加えて、放送事業者とは敵対したくないんだ。なので、最初から船井くんの考え方とは合わなかったんだよ」
柊によれば、サイバーフュージョンは将来、テレビ局と資本提携をしてインターネットTV事業を立ち上げるとのことだった。
上村にとって、敵対的買収を行うことは真逆の思想だろう。
「つまり、エッジスフィアがさくら放送とメトロ放送を獲得することは」
「断じて反対だ」
(うしっ!)
ここまでの景隆は、怖いくらいに順調であった。
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