第151話 優先株
「気をつけることがある」
「議決権か」
「そうだ」
翔動の株式は6割を景隆が保有し、残りの4割を柊が保有している。
霧島プロダクションが株主となった場合、既存株主の保有比率が希釈化し、意思決定に支障が出る。
「仮に、第三者割当増資で今の時価総額と同じ出資を受けた場合は――」
「霧島プロダクションに議決権の過半数を握られるのか」
これが実現すれば、景隆と柊の双方にとって由々しき問題となる。
かつて、エッジスフィアの社長、船井からの出資を断った理由でもある。 ※1
「霧島さんが翔動の経営に口出ししてくることはないと思うが」
「霧島さんにもしものことがあれば、大きなリスクになるな」
「そのとおりだ」
柊と同様に景隆にとっても霧島プロダクションは信頼できるビジネスパートナーと言っていいだろう。
しかし、これまで堅持してきた会社の決定権を明け渡すのはリスクが高い。
とはいえ、巨額の資本を得られるチャンスをふいにするのは経営者としてはどうかとも思っている。
「なぁ、柊なら解決方法を持っているんじゃないか?」
「新規に発行する株式を優先株にするんだ」
「優先株?」
「普通株式よりも優先的に配当や残余財産の分配を受けられる株式だ」
「配当はわかるけど、残余財産の分配って何だ?」
「仮に、会社が倒産したとする。その会社に残った資産を受ける権利が優先されるのは誰だ?」
「債権者だな」
「そうだ。そして債権者がいない、または債権者が債権の回収を終えている場合、株主が残りの資産を受け取る権利がある」
「その株主の中でも、優先株の株主が優先されるってことか!」
「そうだ」
「じゃあ、出資者は優先株の株主になったほうが得じゃないのか?」
「優先株には議決権の行使に制限を設けることができるんだ」
「なるほど! 受け取る利益を優先する代わりに経営には口出ししないってことだな」
「その認識で合っている」
「今回の案件にちょうどいいな!」
翔動が将来的に行う事業は、震災の対策・復興や半導体の製造など、膨大な資金を要するものばかりだ。
したがって、資本金が多いに越したことはない。
「配当を多く受け取れるとはいえ、霧島プロダクションにとってはリスクが高いんじゃないか?」
「なので、霧島プロダクションから翔動に役員を派遣することになると思う。所謂、監視役だ」
「それが橘さんってことか」
「そうだ。翔動も霧島プロダクションの株式を引き受けるので、俺があっちの役員となる」
「なるほどなぁ」
ここにきてようやく景隆の理解が追いついた。
「なんか翔動にとって都合がよすぎないか?」
「この話には背景がある」
巨額な資金調達が実現しそうで浮かれていた景隆とは裏腹に、柊の表情は深刻だった。
※1 76話 https://ncode.syosetu.com/n7115kp/76/