第149話 カネノナルキ
「前から不思議だったのですが、これはなんですか?」
白鳥ビルのマシンルームで、鷹山はサーバーラックを指して言った。
サーバーラックはサーバーやネットワーク機器を収納・管理するための専用の棚だ。
鷹山の身長を優に超えるサーバーラックは、一際目立っていた。
翔動では極力固定資産を持たない方針であるため、サーバーは検証用などの限られた台数しか保有していなかった。
このサーバーラックは翔動のオフィスが白鳥ビルに移転してから導入されたものだ。
「カネノナルキだよ」
「ほえ?」
ドヤ顔で言った景隆に対して、鷹山はキョトンとしていた。
「翔動が投資をしていることは知っているか?」
「はい、たまに話題に出ていますね。最近だとMoGe株ですごく儲かったとか」
「そうだ。そのMoGe株を追加で買うための資金もこのサーバーで稼いでいたんだ」
「ええっ!? この子たちが勝手にお金を稼いでくれるんですか?」
鷹山はコンピューターやネットワーク機器を擬人化することがある。
デルタファイブの業務中でも、彼女はマシンが落ちたりすると「この子を起こしてきます」などと言ったりする。
「このマシンにはアルゴリズムが組まれているんだよ。コンピューターを使って自動で取引をする仕組みをアルゴリズム取引と言ったりするんだ」
「まさにカネノナルキですね! ってことはこの子たちが増えれば増えるほどお金が稼げるってことですか?」
「そう簡単にはいかない。鷹山は競馬をやったことがあるか?」
「はい、G1レースなら何回かやったことがあります」
「仮に、ある馬が絶対に勝つという情報を得たとする。
その情報が絶対だとわかっていたらどうする?」
「もちろん、全額その馬に賭けます」
「これが、地方の新馬戦みたいな投票参加者が少ないレースだったらどうだ?」
「あっ……オッズが1倍になってしまいますね。掛け金が高くなるほど、期待値が低くなってしまうってことですね」
鷹山の理解は早かった。
「そう、投資の世界ではこれを『池の中のクジラ』と呼ぶんだ」
「ほー、なるほどぉ……」
「それに、アルゴリズムには鮮度がある」
「賞味期限が切れたら食べられなくなるってことですか?」
「そうだ。市場は常に変化し続けるから、それに合わせてアルゴリズムも変化させる必要がある」
「すごく難しそうですねぇ……」
「簡単だったら、みんなやるだろうからな」
鷹山には言えないが、アルゴリズムのベースは柊の未来の知識がベースになっている。
今となっては新田という強力な味方がいるため、アルゴリズムの開発効率が格段に上がっていた。
「サーバーが必要なら、クラウドを使えばいいじゃないですか? 固定資産を持たない方針なんですよね?」
「そうだ、よく知ってるな」
「石動さんの会社ですから」
(ん? 答えになっていないような……)
「アルゴリズム取引の場合はサーバーの場所も重要になるんだ」
「地震が起きないとかそういう理由ですか?」
サーバーが設置されるデータセンターは災害が少ない、電力供給の安定性が高いなど、さまざまな要素を考慮して立地戦略が立てられる。
鷹山は顧客のデータセンターに行くことがあるため、データセンターの立地にはある程度の知見があった。
「アルゴリズム取引の中で、この子がやっているのはHFT――高頻度取引なんだ」
「ほえ?」
「High Frequency Tradingの略なんだけど、マイクロ秒単位で取引を執行する必要があるんだ」
「ここが取引所に近いってことですね!」
「そうだ」
ネットワークのレイテンシー(データ転送の時間的遅延)は、ネットワークエンドポイント間の距離が長いほど高くなる。
柊によると、未来ではコロケーションサービスが導入され、取引所と同じデータセンターにシステムが設置できるようになるとのことだった。
柊は証券会社を買収すると豪語していたが、このコロケーションサービスを使いたいのだろう。 ※1
「そこまでして、稼いだお金で何をするつもりなんですか?」
景隆は返答に窮した。
(この先に起こることを言うわけにもいかないしな……)
※1 123話 https://ncode.syosetu.com/n7115kp/123/