第147話 女子寮
「それじゃ、大河原は社宅に住むことになるんですね……あれ、須賀川さんって言ったほうがよいですか?」
景隆は辛子蓮根を食べながら聞いた。
景隆と船岡は大河原の両親に挨拶を終え、空港のレストランに移動していた。
「公の場でなければ、大河原でいいですよ」
船岡は太平燕を食べながら言った。
卒業祝いの席でもよく食べていた船岡であったが、食べた物がその細い体躯のどこに収まっているのか、景隆は人体の神秘に思いを馳せた。
「あ、グレイスが管理しているビルですね」
「あら、よくご存知ですね。当事務所の関係者しか入居していないので、セキュリティは万全です」
霧島プロダクションの子会社、株式会社グレイスは不動産を所有・管理している。
景隆は柊からグレイスの事業について説明を受けていた。
「女子寮みたいなものですか」
「ええ、入居者は女性の単身者のみなので、そう捉えていただいて構いません」
今まさに、その女子寮では柊が料理をしていた。 ※1
当然ながら、景隆は柊がそんな行動を取っているとは夢にも思わなかった。
「アニメの出演が決まっているようですが」
「ええ、美優も出演する人気アニメです。MoGeがスポンサーになりますよ」
「本当ですか! それは大きな宣伝効果が得られそうですね」
MoGeの新作ゲームでは、長町と大河原がメインキャラクターの音声を担当している。
この二人が出演しているアニメが放送されれば、かなりのプロモーション効果が期待できる。
(MoGeの株を買い増しておくか……)
世間的には長町のネームバリューが圧倒的であったが、これに大河原が加わることで新たなムーブメントが加わるような気がした。
景隆が知る限りでは、大河原が出演したコンテンツはすべて成功を収めている。
「いいですねぇ、テレビCM ……翔動も検討はしましたが、スポンサー料が莫大なので諦めました」
この時代においてはテレビCMの影響力が大きかったが、柊によるとテレビ媒体はターゲティング広告がやりにくく、費用対効果を測りにくいとのことだった。
「ふふ、そういえば、石動さんが出演した番組を拝見させていただきましたよ」
「うっ……恥ずかしいです」
「とても堂々とされていて、かっこよかったですよ?」
アルコールが入っているためか、船岡の表情は赤みを帯びており、蠱惑的だった。
景隆は平常心だけが搭乗手続きをしていないか、気が気でなかった。
「いずれ、石動さんの会社も大々的にCMを打つ時がくると思います」
船岡は確信を持っているかのように言った。
「そうなんですかね……」
この時の景隆は、テレビ局のお家騒動に巻き込まれるとは夢にも思っていなかった。
「とりあえず、目の前の出来ることに集中します。大河原を起用したプロモーションですが――」
景隆は船岡と大河原を売り出す戦略を話し合った。
※1 「芸能界に全く興味のない俺が、人気女優と絡んでしまった件」 220話 https://ncode.syosetu.com/n8845ko/220/