第146話 卒業祝い
「しゃ、社会的に死ぬ……俺もやばいけど、大河原も今後のキャリアを考えて――」
大河原にがっしりとホールドされた景隆は動揺を隠せなかった。
その景隆をよそに、船岡は大河原の友人と思われる女子生徒となにやら会話をしていた。
船岡なら、この状況をうまく説明してくれるだろうと任せることにした。
「ぐすっ……まさか石動さんがいるなんて……」
「まぁ、ちょっとしたサプライズだ。驚いたか?」
「がばい……すっごく、驚きました」
大河原を驚かせようと思った景隆の目論見は達成されたようだが、効果がありすぎたようだ。
「えっと、ご学友のかたですよね? 大河原さんに仕事をお願いしている石動と申します」
景隆はコアラのように抱きついている大河原をスルーしつつ、目の前の女子生徒に挨拶をした。
「なんもー!? あん石動さんね?」
「私のことをご存知なんですか?」
「知っているもなにも――ほがっ!」
女子生徒の発言は、瞬間移動したかのように現れた大河原の手によって遮断された。
『わかっとると? 石動さんに余計なこつ言うたら承知せんけんね』
大河原に耳打ちされた女子生徒は、首をなんとか縦に動かしていた。
「私、里崎って言います! 菜月の親友です!」
「そっか、大河原が元気に学校生活を送れているのは、君みたいな子が居てくれたからだろうね」
「そんな……私なんて」
照れている里崎に対して、大河原は刺すような視線を送っていた。
東京では大人びた印象の大河原だが、学校生活は年相応に楽しめているようで、景隆は安心した。
「あの、石動さんはこれから――」
「大河原の卒業祝いをしたいと思っていたんだけど、これからお友達と遊びにいったりするだろ?
俺は船岡さんとご両親に挨拶をしようと――」
「今からでも大丈夫です!」
→→→
「里崎さんはよかったのか?」
結局、駄々をこねた大河原に景隆が折れて、早めの卒業祝いとなった。
「はい、まだ会えますし、東京にも来てくれるって言ってくれました」
「いい友達でよかったな」
「はい!」
ひまわりのような眩しい笑顔に、景隆は日頃の疲れが癒やされるような感覚を受けた。
「菜月のご両親はどんな感じなの?」
船岡の質問は景隆も気になっていたことだ。
「はい、今となってはかなり応援してくれています。実際に仕事をやっていることが評価されているんだと思います」
以前に名取が言ったように、声優は不安定な職業だ。
仮に景隆が父親だった場合でも、快く送り出せるかどうかは疑問だった。
その点で、大河原の両親が協力的な立場に変わってくれたのは僥倖だった。
「菜月、これは私から。コンプライアンスの関係上、高価なものは送れないの」
「うわあぁ……」
船岡が卒業祝いのプレゼントとして手渡したのはペンとシステム手帳だった。
この時代にはスマートフォンがないため、メモをよく取る大河原にとっては重宝するだろう。
船岡は高価でないと言ったものの、景隆にはかなり高級な一品に見えた。
船岡のセンスがいいことが窺い知れる。
「これは、俺から」
景隆はいざ渡すとなると、急に恥ずかしくなって、目をそらしながら大河原に手渡した。
「あ、開けてもいいですか?」
「もちろん」
声が震えている大河原に、景隆は心拍数が上がることを自覚した。
(別に告白しているとかじゃないのに、なんでこんなにドキドキするんだ……)
景隆にとっては恋愛的な要素は一片もなく、ビジネスパートナーに対する今後の投資と思っている。
しかし、女性にプレゼントを渡す経験が乏しい景隆は、もし期待外れであったことを考えると不安であった。
「これは……ビジネスバッグですか?」
「あぁ、大河原も社会人になるからな。使いやすいものを選んだつもりだ」
大河原が手に取ったバッグは、シックで洗練されたデザインで質感も高く、内部構造も実用的だった。
外見は大きく見えないものの、内部には実用性を考慮した構造が施されている。
「うぐ……えぐっ……」
大河原はいつぞやのように、嗚咽をこらえながら、ハンカチで涙を拭っていた。