第144話 卒業式
「ごめんなさい」
大河原は深々と頭を下げて謝罪した。
男子生徒は「そげんか……そうたいね……」と言いながら、謝罪を受け入れていた。
「すごか……今日だけで何人目ね?」
「もう、いちいち数えとらんばい」
大河原の親友、里崎は驚愕半分、呆れ半分といったところだ。
声優として活動をし始めてからの大河原は、異性からの告白が絶えなかった。
すでに校内の三割ほどの男子生徒は大河原に告白し、玉砕しているが、今日は卒業式ということもあり、男子生徒が絶え間なく告白をしてきた。
その中には女子生徒も混じっていた。
(まるで在庫一掃セールたいね)
同性の里崎から見ても、大河原は大変魅力的であり、女性から人気が高いのも頷けた。
「菜月は東京に住むと?」
「そうたい、事務所が社宅ば用意してくれるけん、そこに住む予定たい」
卒業を控えた大河原は、本格的に声優の活動を始めた。
すでにアニメのオーディションに合格しており、霧島プロダクション所属の声優として活動して行く予定だ。
「引き続き、マネージャーは船岡さんが担当してくれると?」
「うーん、船岡さんは新人の担当やけん、そげんなっとよかばい」
「そげんなればよかね」
里崎は大河原から船岡のことをよく聞かされていた。
垢抜けてきたとはいえ、大河原は田舎者だ。
都会に出て、厳しいマネージャーに担当されたら、苦労するだろうと想像できた。
「大河原、ちょっとだけよかと?」
「はぁ……ちょっとだけ待っとって」
「はいはい、写真は断るとよ」
「わかっとるばい」
残り少ない親友との会話の機会を、断続的に奪っていく男子生徒に恨み言を言いたくなった。
大河原は丁寧なお辞儀をしていた。
(声だけやなか、仕草まで様になってしもうて)
「早かったとね」
「もう、慣れてきたばい」
「ゾンビのごとく押し寄せてくるけん、撃墜速度ば上げんばいかんね」
「もう、そげんこと言わんで……でも、智花には感謝しとるばい」
里崎は校内で近づいてくる男子生徒のガード役になっていた。
男子相手に、最初はおっかなびっくりに対応していたものの、今となっては恐れられるほどの存在だ。
大河原自身も付け入る隙を一切与えていないことから、そのガードの硬さは熊本城の石垣にたとえられ、二人は『武者返し』と呼ばれていた。
(これは東京に行っても難攻不落のままやろかね……)
里崎はそんなことを思いつつ、校門を出ようとしたところで、大河原の表情が一変したことに気づいた。
二人の目の前には二十代と思われる男性と、その傍らには男性と同世代の快活そうな美しい女性が立っていた。
「あ、あっ……」
大河原は小刻みに震えながら、涙をこらえているようにも見えた。
「菜月、どげんしたと?」
大河原は学校で見ることのない表情を見せた。
「大河原、卒業おめでとう……って、うおおぉぃ」
(ばっっ!)
里崎は驚愕した。
大河原は男性に駆け寄り、抱きついて泣き出した。