第143話 新社長
「いやー……しんどかったな……精神的に」
白鳥ビルの会議室で、景隆は一連の顛末を振り返り、ぐったりとしていた。
「高津さんの情報に感謝だな」
柊は高津から得た情報を元に、豊岡のクーデターに対する対策を打っていた。
「あんな仕組み、いつ導入していたんだよ」
景隆が言った仕組みとは、柊が実装していた社内メールのコンプライアンス違反の検知システムのことだ。
「就業規則にも書いていただろ?」
「そんなの細かく読んでいないぞ」
「経営者としては把握しておかないとダメなやつだ」
「うっ……」
社内メールの内容を検知する仕組みはプライバシーの侵害と見なされる場合がある。
柊が言うには、未来では欧州の規制や、今後日本で施行される個人情報保護法に引っかかる可能性があるとのことだった。
したがって、就業規則に明確な規定を入れることで、法的要件を満たすようにしていた。
高津からの情報提供と、メール検知システムからの通知を受けて、柊は豊岡の動きを監視していた。
「あの二社がエンプロビジョンの株を売ってくれたおかげで、事なきを得たな」
「かなり高めに提示したから、さくっと売ってくれたな」
豊岡の動きを察知した景隆と柊は、エンプロビジョンの株主から株式を買い取り、翔動の完全子会社とした。
提示された株式の譲渡金額はアクシススタッフから取得した譲渡金額よりもかなり割高であったが、エンプロビジョンの成長率を加味すると全く問題のない金額であった。
譲渡交渉は、あっさりとまとまった。
「これでエンプロビジョンの利益が完全に翔動に還元できるな」
「ある意味タイミングが早くなってよかったよ。これ以上引っ張ると、もっと株価が高くなるからな」
エンプロビジョンは事業拡大により、今後は大きな利益が期待できる。
元々、豊岡の件とは関係なく別に完全子会社化を予定していたため、これを前倒しする結果となった。
「こうなるとエンプロビジョンを上場させたいな」
「たしかに……悪くない選択肢だ」
仮に翔動を上場させると、景隆と柊以外の株主の存在によって、意思決定に大きな影響が出る。
子会社のエンプロビジョンであれば、上場することで持ち株の一部を手放して大きな利益が期待できる。
この場合、親会社の翔動の議決権には影響が出ない。
「それで、エンプロビジョンの社長なんだけど。実績で言えば上田になってしまうが」
「エンプロビジョンの低迷は人事を身内で固めてしまったことが主因なんだよなぁ」
「そうなると、上田をトップに据えると今度は俺たちの身内で固めてしまうことになるのか……」
「もう一人、実績がある人がいるぞ」
***
「高津さん、ご協力ありがとうございました」
「いえ、私も豊岡さんに対しては思うところがあったので」
高津によると、エンプロビジョンの人材が薄給でこき使われているのを歯がゆく思っていたようだ。
柊が人事制度に介入したことで、待遇は大きく改善されている。
この施策は、景隆が持っている優秀な人材を大切にするという企業理念に適っていた。
「高津さん、単刀直入にお願いします」
「はい?」
「社長になりませんか?」
「ええええっ!?」