第140話 孤立
「綾部氏の解任を提案します」
柊の発言に豊岡は慄いた。
柊は新たな親会社となった翔動の役員だ。
株主総会の場で柊は人事に介入してきた。
役員の解任が決議されることは、買収された企業ではよくある場面であるが、豊岡にとっては青天の霹靂であった。
綾部は学生時代から今に至るまで、豊岡に寄り添っていた人材だ。
豊岡にとっては片腕とも言える存在だった。
翔動の社長である石動と柊は社会経験が少ない若者であり、初っ端から年長者を排除するような過激な行動を取るとは夢にも思わなかった。
「反対します。綾部は創業時から当社に貢献していました。主要顧客であるアクシススタッフとのつながりも深く――」
豊岡は必死だった。
しかし、柊は派遣先である顧客がアクシススタッフに著しく偏っていること、その契約金額が人材のスキルに見合っていないことをデータを示しながら反論した。
そもそも、豊岡がいくら反論しても議決権の過半数は翔動に握られているため、この議案を覆すことは不可能であった。
綾部が一般従業員であれば不当解雇として訴えることも可能だが、役員である以上はこの手段が取れない。
結果的に、豊岡の体制を盤石とするべく綾部を役員としたことが仇になった。
***
「くっ……このままでは……」
豊岡は焦っていた。
白鳥ビルに移転したエンプロビジョンの業績は目覚ましかった。
その要因となったのは言うまでもなく、新たな親会社となった翔動による業務改革と、敏腕営業の上田の功績だ。
綾部に代わって営業に就いた上田は、瞬く間に顧客への値上げ交渉をまとめ、低迷していた業績を一気に回復させていた。
加えて、翔動から提供された営業支援システムが業務効率を大きく改善させた。
これで、売上と利益の両方が改善した形となった。
さらに、翔動が始めたeラーニングサービス『ユニケーション』のサポート業務の業務委託を受注し、人材派遣業以外の収益も確保されている。
豊岡はこのままでは、社長としての立場が危ういと感じていた。
何より、自分よりかなり年下の石動に主導権を握られている今の現状に我慢がいかなかった。
「かくなる上は……」
エンプロビジョンで石動は取締役、柊は執行役員として鎮座している。
現状では代表取締役である豊岡は名ばかりであり、重要な意思決定は石動と柊が行っていた。
豊岡は石動と柊を追い落とす方法を画策した。