第134話 オオカミ少年
「マジか……」
柊から聞かされた、後に『東日本大震災』と呼ばれている震災の被害規模に、景隆は言葉を失った。
「福吉もこの震災で亡くなったということだな」
「あぁ、そうだ」
福吉の実家は宮城県亘理町にあり、 柊によると、帰省している間に津波の被害に遭ったようだ。
「福吉一人を救うことは難しくないと思うが――」
「それだけでいいのかって話になるよな……」
どんなに強大な力を持っても、天災を止めることは不可能だろう。
景隆は自分にできそうなことを考えた。
「問題は『大震災が来るぞー』って言っても、誰も信じないってことだよなぁ」
景隆はもどかしさを感じた。
如何に柊の未来の情報が正しくても、それを信じてもらえなければ何も変わらない。
「未来の技術では、地震が予測可能になったりしないのか?」
「この時代はずっと進歩しているが、完全じゃない」
景隆の理想としては、柊の未来の知識で確度の高い地震予知システムを構築することであったが、それは難しそうだ。
「それなんだが、石動、おまえが預言者になってくれ」
「は?」
柊は突飛なことを言い出したが、景隆はなんとなくその意図を予想できた。
「俺が持っているスマートフォンで動作するLLM(大規模言語モデル)にも、過去のニュースなどがトレーニングデータになっている」
「お前が持っているスマートフォンにとっては過去の出来事でも、今の俺たちにとっては未来の出来事なんだな」
「あぁ、そうだ」
「つまり、今後起きる地震を預言者のように言い当てろってことか」
「そうだ、ただ根拠なしに言い当てても偶然の一致で済まされる可能性が高い」
「そうだろうな」
「とりあえず、科学的にもっともらしい根拠を考える必要がある」
「捏造じゃねぇか! ……でも、結果的に人命が救えるのなら、そのほうがいいのか……?」
「俺たちの目標は科学者を論破することではなく、被害を最小限に抑えることだ」
「たしかに」
柊はめちゃくちゃなことを言っているが、景隆にとっては共感できる考え方であった。
柊は理想と現実をしっかりと区別して、実現可能な選択をするタイプだ、リアリストと言ってもいい。
景隆はそこまで割り切った考え方が出来ないが、同じ人間であるにも関わらず違いが出ているのは、この先の未来において景隆の知らない経験を柊がしてきたということが考えられる。
その経験の一つが、東日本大震災である可能性は高そうだ。
「おまえが預言者になるために足りないものがある」
「認知度や影響力だな」
「石動には嫌な役をやらせることになるが」
柊が表に出られない以上、景隆が道化になる必要がある。
「そこは役割分担ってことで」
「そう言ってくれると助かるよ」
「そもそも、露出を増やすにはどうすればいいんだろうな……」
この景隆の発言は杞憂になる。
この先、テレビ局を舞台に派手な企業バトルが展開され、景隆の存在は否が応でも世間に注目されることになる。