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第131話 それぞれの役割

「好きなだけ飲んでくれ」

威勢よく言った景隆であったが、この場に上田がいることの恐ろしさをわかっていなかった。


居酒屋の個室では、スワンデスクの打ち上げが行われていた。

費用はすべて翔動(会社)持ちだ。


「柊さんはいないんですか?」

鷹山はクラフトビールを飲み比べていた。


「仙台のロケに行っているんだよ」

「あの映画のですか?」

「あぁ、脚本の監修をしているんだけど、そんなに仕事はないだろうって言っていた」


景隆は柊が仙台に行くことに神妙な表情をしていたことが気になっていた。

(あれは、何か覚悟を決めたような感じだったな……後で聞いてみるか)


「森ノ宮さん、デザインはすごく使いやすいって、大好評でした」

「そうですか、よかったです」


森ノ宮は烏龍茶を飲みながら、厚焼き卵を食べていた。

翔動では、技術力の高いエンジニアがそろっているが、センスが要求されるデザインができる人材がいないため、森ノ宮の存在は貴重であった。


「ここにジミーがいないのは残念ですね」

「今度、日本に来ることがあったらお知らせしますよ」


ジミーは鷺沼の指示の下、リモートで完璧に仕事をこなしていた。

鷺沼はジミーを知っていたため、最も適切な仕事を彼に割り振っていた。

システムのフロントエンド部分は、森ノ宮とジミーに任せており、二人の息はピッタリと合っていた。


「大熊さん、新田の無茶振りにも関わらず、ありがとうございました」

「新田のことは慣れていますから……それに、面白い仕事をさせてもらいました」


大熊はその大きな体躯を維持するかのように、唐揚げを頬張っていた。

データベースの作業は専門性を要求されるが、新田は仕様だけを伝え、大熊に丸投げしていた。


「下山さん、本当におつかれさまでした」

景隆は下山のタンブラーにビールをつぎながら言った。

下山は「僕はあまり飲めないので」と言いながら、一番安いビールを注文していた。


この案件において、下山の活躍は目覚ましいものがあった。

景隆は柊と新田をアプリケーション開発に専念させていた。

したがって、プロジェクトの概要を把握していてかつ、フルタイムで動けるのは下山だけであった。


「僕もかなり勉強になりました。鷺沼さんは一体何者なんですか?」

下山は新田に根掘り葉掘り質問している鷺沼を眺めながら言った。


鷺沼は数多くの案件でプロジェクトマネージャーをしていたため、プロジェクトマネジャーとしても優秀であった。


「ホントッスよ、石動さんが連れてくる人は化け物ばかりッス」

竹野はハイボールを飲んでいた。


「私から見たら、竹野くんも出来る人だけどね」

鷹山は「私だって、いずれは……」と言いながらお通しのタコワサを食べていた。


竹野と鷹山は同じ世代で、年齢層は概ね三つに分類できる。


(竹野・鷹山)<(景隆・白鳥・上田・新田・大熊)<(森ノ宮・鷺沼・下山)


「鷹山と竹野くんがしっかりテストしてくれたおかげで、品質はばっちりだったよ。社長の安堂さんがべた褒めしていたぞ」

「そ、そッスか」「ほへぇ」


景隆は竹野をテストに専念させ、鷹山には手が足りないところのサポートを任せていた。

鷹山は相手が期待することを先読みして動くため、メンバー全員から頼りにされる存在となっていた。


「白鳥のドキュメントも完璧だったよ。CTOの関屋さんが絶賛していたぞ」

「役に立ってよかったよ。納期に間に合ったのは鷹山のサポートがあったからだよ」


白鳥は赤霧島という芋焼酎を飲んでいた。

景隆は「謙虚な態度までイケメンだなぁ」とつぶやいた。


「ドキュメントと言えば、あのツールですよね」

「そーなの! あれにはたまげたよ!」


鷹山の発言に、新田に絡んでいた鷺沼が割り込んだ。

鷺沼は上田が注文した、獺祭早田純米大吟醸磨き二割三分という日本酒を飲んでいた。

後で会計をしたときに、景隆が目が飛び出たほどの逸品だ。


「ソースコードからドキュメントが自動で生成できる仕組みなんて、初めて知ったよ」

「たしかに、あのツールがなかったら一週間では無理でしたね」


ドキュメント作成は地味な作業であるが、人的コストが大きい。

柊はドキュメント作成の効率化の重要性を理解していたため、対策を行っていた。

柊からは生成AIがあると、もっとすごいことが出来ると聞かされていたため、返答に困った。


「ん? 石動くん、何か隠しているね?」

(ギクッ)

鷺沼はへそくりを見つけた主婦のような表情で景隆を覗き見た。


「に、新田、鷺沼さんと仕事してどうだった?」

「そうね、すごくいい経験をさせてもらったわ」

「新田がそこまで評価するなんて、すごい人なのね」


新田も上田が注文した日本酒を飲んでいた。

上田に至っては、水を飲んでいるのではないかと思わせるほどの飲みっぷりだ。


鷺沼はデルタファイブのメンバーのスキルを正確に把握していたため、リソースの配分を適切に行い、自らも柊と新田をサポートするために動いていた。

柊と新田、そしてジミーと対等に渡り合えるのは、鷺沼だけであったため、彼女の貢献度は報酬に見合っていないと景隆が感じているほどであった。

(鷺沼さんは報酬を上げるって言っても断られるかもしれないな……)


『鷺沼さんが来てくれたら、めちゃくちゃ稼げるわよ』

上田は景隆に耳打ちした。


「そだな。それに、今回は上田が満額を引っ張ってきたから、強力な助っ人を呼べたんだよ」

「そうね、こんなに上手い酒が飲めるなら、がんがん仕事を取ってくるわ」


景隆は契約の実務を上田に任せていた。

加えて、上田には景隆と柊がスワンデスクに集中している間に、エンプロビジョンの業務の一切を任せていた。

彼女は影の立役者と言っていいだろう。


「うん……やはり、面白いな」

「ん? 鷺沼さん、どうしました?」

「んにゃ、何でもないよん」

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