第125話 流れ弾
「鷺沼さん、仕事の話じゃない……あ、仕事の話なんですが」
「ん? なになに?」
デルタファイブのオフィスで景隆は鷺沼を捕まえたが、心の準備をしていなかったため、切り出し方に失敗した。
「えっと、デルタファイブの仕事じゃなくて、俺がやっている方のお仕事の話なんですが」
「なにそれ! 面白そう!」
鷺沼は新しいゲーム機を買ってもらった子供のようにはしゃいだ。
***
「ほー、ヘルプデスクシステムねぇ」
鷺沼は景隆の話をじっくりと聞いていた。
あまりにも、根掘り葉掘り質問されたので、仕様に関しては景隆よりも詳しく把握しているのではないかと思うほどだ。
「十人くらいのチームで、これを作るとしたらどれくらいかかります?」
景隆はあえて納期を言わなかった。
これは先入観なしで、鷺沼の見解を聞いてみたかったためだ。
「うーん…… ベースとなるシステムがすでにあるんでしょ?
私が関わるとしたら、一ヶ月か一ヶ月半くらいかなぁ」
鷺沼は「でもハードウェアの選定を省くなら、もっと短くなるかも」などと、独り言をつぶやきながら脳内で演算を始めていた。
(そっか、俺の言った感覚は間違ってなかったな)
景隆はプロジェクトマネジメントの経験がなかったため、工数の見積に関しては素人だった。
売り言葉に買い言葉で、安堂に対して一ヶ月と言ってしまった手前、この見積がズレていたら経営者として失格だと思っていた。
鷺沼の感覚と大きくズレていないことがわかり、景隆は安堵した。
「そんで、石動くんのところで、似たようなものが作ってあるんだよね?」
「はい、見ます?」
「え、いいの!?」
鷺沼は満面の笑顔で反応した。
(これがデートの誘いに対する返事だとしたら、最高だったのにな)
鷺沼との距離が近くなり、冷静さを保てなくなった景隆はPCを操作しながら説明した。
「まだ翔動でしか使っていないものですから、俺の判断でお見せできますよ」
「やったー!」
鷺沼は景隆が操作しているヘルプデスクシステムをまじまじと見つめて、「へぇ」とか「ほぉ」とか言いながら、しきりに感心していた。
「ちょっと待ったぁ」
「そのコール、古いっすよ」
「これ、問い合わせを自動分類しているよね?」
鷺沼は景隆のツッコミなど、なかったかの如く質問してきた。
「はい、自然言語を学習したモデルを使って――」
「マ!!!?」
「鷺沼さん、声」
「あっ」
鷺沼は景隆が経験したことがないほどの大きな声を上げて驚いていた。
(そりゃそうか、いきなり猫型ロボットが現れて未来の道具を出してきたようなもんだからな)
「これって、もしかして――」
「はい、柊が提唱したモデルです。実装は別のやつがやっていますが」
「じゃあさ――」
こうなった鷺沼は止まらなくなることを景隆は嫌というほど知っていた。
「あ、あの……これ以上の質問は、このお仕事を引き受けてもらったらで――」
「はいはいはい。やりまーす」
「ちょろっ!」
鷺沼は興味を惹かれたものに放置できないタイプだ。
こういう点は新田に酷似している。
(すご腕のエンジニアになるためには、これくらいの好奇心がいるんだろうな)
「それで、これを一週間でやろうと言っているやつがいるんですが……」
「わーぉ」
鷺沼のテンションは上がりっぱなしだった。
***
「そっかー、そのリソースだとギリギリいけるかもねー」
景隆は今動かせる人員のスキルを鷺沼に説明した。
案の定、新田にはかなり関心を持たれた。
鷺沼はWeb Tech Expoでデクラン・パーカーと新田が話をしているのを目の当たりにしている。
鷺沼は「あと一人、ドキュメントの面倒を見られる人が……」と言いながら、見知った顔を見つけて声をかけた。
「おーぃ、白鳥くん」
「はい?」
「君も仲間に入らないか?」
「はい?」「ええええっ!」