第123話 例外
「これを……一ヶ月でですか?」
マンスリーマンションの一室で下山は仕様書を見つめながら言った。
景隆はSREテクノロジーズから渡されたヘルプデスクシステムの仕様書を翔動のメンバーに共有した。
すでにSREテクノロジーズと翔動との間に、NDA(秘密保持契約)が交わされており、システム構築に必要な情報は手元にあった。
「何より報酬がいいわね。KAKUTO日本橋でしょ? 仕事帰りにショッピングできるなんて最高だわ」
上田はご機嫌だった。
安堂から提示された課題が達成できないとは微塵も思っていないようだ。
「光熱費とか管理費はちゃんと払うけどな」
景隆は浮かれている上田に釘を刺した。
「それでも、めちゃくちゃお得ですよね」
鷹山もオフィスの内観図を見ながら、目をキラキラとさせていた。
「まぁ、普通に家賃払ったらクッソ高いからなぁ」
「めちゃくちゃいい話ッスね。俺はここも気に入っているッスが」
竹野も新築の高層ビルに興味津々だった。
「でも、無駄に広くないですか?」
心配性の下山は景隆の話を半信半疑と言った感じで受け取っているようだ。
「当面はエンプロビジョンと共有で使おうと思っている」
「なるほど……それでも余りそうなくらい広いですけどね」
今のマンスリーマンションでは新しい人材を増やせない理由の一つがスペースの問題であったが、皮肉にも、余ることを心配しだしていた。
「将来は証券会社も買収したいから、兜町に近いのは有利なんだよ」
「「はあぁっ!?」」
柊はとんでもないことを言い出して、その場の全員を驚かせていた――一人の例外を除いて。
「もう私は柊が何を言ってきても、そうそう驚かないわ」
新田は仕様書を熟読していた。
おそらく、彼女の脳内では実装内容をどのようにするかを組み上げているのだろう。
「そんで、話を戻すけど、これ一ヶ月でできると思う?」
安堂相手に強気にでた景隆だったが、これを実現するためにはこの場の全員の協力が必要だ。
「できます」「できそうですね」「できるッスね」「できんじゃないの?」
否定する者は誰一人としていなかった――一人の例外を除いて。
「ヘルプデスクシステムはすでに作っているからなぁ」
景隆の勝算はここにあった。
翔動はこの時代においての最先端のヘルプデスクシステムを構築している。
加えて、柊と新田が開発した抽象化したフレームワークを元に構築しているため、他業種にもすぐに適用できるような設計になっている。
「無理そうなら、柊さんが止めてましたよね?」
「まぁな」
鷹山の指摘に柊が頷いた。
「新田は?」
景隆は唯一反応がなかった新田に回答を促した。
新田の返事は全員を仰天させた。
「一週間で完成させるわ」