第118話 観藤会4
「石動くん、義人はしっかりやれているかい?」
景隆は詮人が言う義人が一瞬、誰を指すのかわからなかった。
「あ、白鳥のことですね……あっ」
「普段の君の呼び方で構わないよ」
景隆は急にボールが来たので、反応に戸惑ってしまった。
「はい、ありがとうございます。白鳥は私の相棒のようなもので、心強い味方です」
「うん、義人も石動くんのことを同じように言っていたよ」
詮人はイケメンの笑顔を景隆に向けた。
(惚れたらいかん、同僚の父親なのに……)
「デルタファイブと言えば、テレビ番組を拝見させていただきました。
あの上村さんと堂々と渡り合っていましたね」
身近な話題に移ったためか、法善寺も先ほどまでの危機感のあった表情が和らいでいた。
「実は内心ではいっぱいいっぱいだったんですよ。
司会の二宮さんがうまくファシリテートしてくれました」
この場の誰かが、「メトロ放送か……ちょっと不穏な動きがあるな」とつぶやいていた。
「義人は私に似たのか、優しいといえば聞こえはいいけど、冷徹な判断ができないんだよ」
景隆は詮人の発言に身に覚えがあったが、口には出さなかった。
「優しいことはいいことだと思いますが」
「私の後継者と考えていたんだけど、この性格では難しいのではないかと思っている」
(あれ? そうなると……?)
「白鳥はいずれデルタファイブを辞めるかもしれないと言っていましたが」
景隆は逡巡したが、正直に言った。
「よかったら石動くんのところでも、働かせてくれないか?」
「うええええっ!?」
白鳥が実家を継ぐと思い込んでいた景隆は、詮人からの予想外の提案に驚いた。
柊も想定外だったようで、景隆でなくてもわかるほどに驚いた表情を見せていた。
「娘の受け売りだが、かなり最先端の技術を使っていると聞いている」
詮人が言う『娘』とは、これまで何度か出ている白鳥の妹のことであろう。
『おぃ、どういうことだ?』
『白鳥の妹がWeb Tech Expoに来ていたんだよ』
『うそん……』
今日だけで、景隆は柊に何度も驚かされていた。
(心臓に悪いな、まったく……)
「白鳥は優秀なエンジニアです。もし、弊社に来ていただけるなら、大変心強いです」
景隆は強い口調で続けた。
「これは決してお世辞じゃありません」
「! ……ふむ……」
詮人は驚いた表情を見せた後、何やら考え込んでいた。
「テレビ番組で、石動さんがデルタファイブと自分の会社を掛け持ちしていることが話題になりましたが、ご自身の会社に専念しようとは思わないのですか?」
法善寺は白鳥家の一族ではなく、叩き上げで社長に就任している。
会社員と経営者の両方の苦労をわかっており、思うところがあるのかもしれない。
景隆は柊にアイコンタクトを送った。
『おぃ、柊、言っていいか?』
『いいぞ』
「私がデルタファイブに在籍している理由ですが――」
この場の全員の視線が景隆に集まった。
景隆がこれから打ち明ける内容は、二十代の若造が挑戦するにはあまりにも無謀である。
実現不可能にしか思えない夢物語を語っても、この場にいる大手企業のトップたちは、歯牙にもかけないであろう。
それでも景隆は、この場、このタイミングで打ち明けることに何らかの意義があるように感じた。
「半導体を作りたいんです」