第110話 認知度
「企業からの引き合いも来ているな」
マンスリーマンションの一室で、景隆はユニケーションの問い合わせ内容を確認していた。
「ユニケーションはサービスの性質上、ユーザーのほとんどはコンシューマーだな」
柊はマーケティングのためにユーザーデータを常に分析しており、その傾向をよく把握していた。
「コンシューマーって何ッスか?」
「直訳したら消費者ってことだけど、ビジネスの文脈では法人や事業者を示すビジネスと対比して、一般の個人をコンシューマーって言うんだ」
「あー、BtoCって言われるやつッスね」
竹野は景隆の説明に納得したようだ。
「企業の社内研修なんかは、外部に公開できないからコンシューマーが多いのは仕方がないわね」
上田は高そうな紅茶(後で聞いたところ、イギリス王室御用達のブランドだった)を飲みながら言った。
この部屋には柊が川奈経由で調達した、食材や酒などが常備されているが、紅茶の茶葉は上田の持ち込みだ。
(柊から、入手経路は聞くなと言われているが……なんでだ?)
「ユニケーションに法人のユーザーっているんッスか?」
「霧島プロダクションだよ」
「あっ! たしかに、そうッスね」
神代や川奈のコンテンツは、霧島プロダクションの著作物として提供されている。
霧島プロダクションのコンテンツは今やユニケーションの収益の柱の一つとなっている。
「そんで、企業からの引き合いって?」
新田は器用にもタイピングする手を休まずに景隆に尋ねた。
「あ、そうそう、社内研修でユニケーションを使えないかって話が来ているんだ」
ユニケーションのユーザーは社会人が多いためか、このシステムを会社でも使いたいという問い合わせが来ていた。
「ユニケーションを企業内で使えるようにはできるの?」
「ベースで使っているLMSはOSSとして公開しているから、勝手に使えばいいのよ」
上田の質問に新田が雑に返答した。
ユニケーションはZeppelinと名付けられたLMS(Learning Management System)をベースに開発されている。
Zeppelinはオープンソースで公開しているため、誰もが利用ができる。
このLMSに手を入れることで、自前でeラーニングのシステムを構築できるが、開発力が必要となる。
「でも、そのLMSを利用した開発力がないから、うちに問い合わせが来ているんですよね?」
下山は状況をしっかりと把握していた。
「受託などでうちが開発を引き受けるか、SaaSにするかだな」
「SaaSってなんですか?」
鷹山の疑問は当然と言えた。
この時代において、SaaSの概念は国内ではほとんど知られていない。
「Software as a Serviceの略で、ソフトウェアを使ったサービスをインターネット経由で提供する仕組みだよ」
「ASPのようのなものでしょうか?」
下山はこの場では最年長であるため、業界の知見は豊富である。
(本当の年寄りは柊なんだけどな)
「ASP――Application Service Providerはサービスを提供する事業者自体を指しますが、概念は似ていますね」
「クラウド上に乗っているサービスってこと?」
「その認識で大体合っている」
新田は柊から未来のIT業界について詳しく聞いているため、今となっては下山よりも業界の知識がある。
クラウドの概念はこの時代では新しいものだが、翔動の全員が把握していた。
「ユニケーションを専用のクラウド環境で提供して、サブスクで売るってこと?」
「大体合っている」
「顧客にとっては開発コストがかからなくていいわね。けど……」
「日本企業は自社のデータを外部に預けることを嫌う傾向があるんだよな」
「そうなのよね……少なくとも会社の信用力が必要ね」
景隆と上田はSaaSとして売ることに意欲的ではあったが、ハードルが高いと感じていた。
「うちみたいな、ぽっと出の会社のサービスを使ってくれる企業がどれだけあるかなぁ」
先日行われたWeb Tech Expoで翔動の存在が認知され始めてきたが、その範囲はIT業界に留まっている。
「あー……それなんだが、会社を知ってもらう方法があるにはある」
柊の提案は、景隆を断崖絶壁から突き落とす内容だった。
「なんだ?」
「石動、テレビに出てくれ」
「「「ええええええええっ!?」」」