第104話 カラーバス効果
「カラーバス効果だな」
マンスリーマンション一室で、景隆の報告を聞いた柊はこう言った。
景隆がこのタイミングでデクラン・パーカーが来日するのは、ご都合主義か何らかの見えざる手が働いているのではないかと言ったことに対しての回答だった。
「なんじゃそりゃ?」
「心理学の用語で、意識が向いているものが特によく目に入る現象のことだ。
たとえば、知らない町ですぐに手紙を送る状況を考えてみよう。
そんな状況だと、ポストが目に止まるはずだ」
「たしかに、ポストの存在なんて普段はスルーするからな」
「そのデクランって人が、ポストに当たるわけね。
私も洗濯機が壊れたときに、量販店の特価情報にすぐに目が行くようになったわ」
新田にも思い当たる節があるようだ。
「それで、そのデクランって人は何者なの?」
「USの計算機科学者なんだけど、サーバー用プロセッサのアーキテクチャを設計している人だ」
「俺の記憶では来日していたことは知らなかったな」
「柊が半導体を作るって騒いだせいで、俺が知ることになったってこと――それがカラーバス効果ってことだな」
「それで、石動はいきなり半導体の設計をしてくれって頼むつもりなの?」
「さすがにそれは無理だろうな……デルタファイブにとっては雲の上の存在だから、不躾過ぎる」
「なんとかコネクションを作る方法を考えたいな」
「デクランの印象に残って、次も話したいと思わせることが重要だな」
翔動の役員三名は「うーん」と唸った。
さながら、とんちをひり出す前の小坊主のようだ。
「生成AIを見せるってのはどうだ?」
「俺が未来から来ていないことを前提で、作ったことを説明するのは難しいぞ」
「現代の技術レベルに則って、既知空間の情報結合状態には手を付けないようにしないといけないわね」
新田は情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースのようなことを言い出した。
「そうなると――」
三人は文殊の知恵を出そうと奮闘していた。
***
「しかし、柊が持ち出してきたイベントが、今や社運をかけると言ってもいいくらいに重要になったな」
石動は柊が夜食として用意した揚げ出し豆腐を食べながら言った。
「俺も映画のことがあるし、追加で厄介事ができてしまったよ」
柊は枝付きの干しぶどうを食べながらワインを飲んでいた。
彼はたまに高級食材を調達してくるが、川奈という人物が関わっているらしい。
「何があるの?」
新田は中華粥をふーふーしながら食べていた。
「当日はとある人物の相手をしないといけなくなった」
「え? 神代さんの影響で、スポンサーブースにめちゃくちゃ来客がくると思うんだけど……」
「すまん」
「おぃ、それだけかよ」
「柊のことだから、何かリターンを持って返ってくるんじゃないの?」
「まぁ、結果が出るかどうかは期待しないでくれ」
柊が獲得した成果は、二人の想像の斜め上だった。