第103話 計算機科学者
「石動くんや、イベントの調子はどうかね」
デルタファイブのオフィスで鷺沼が声をかけてきた。
「初めてのことだらけで、てんやわんやですよ」
景隆はデルタファイブと翔動の業務をこなしつつ、イベントのスポンサーブースの準備、下山のトーク内容のレビューなどを行っていた。
「イベントスタッフも大変なことになっているよー」
「神代さんの影響ですか?」
「そだよ。しかも、神代さん、クイズ番組に出たじゃろ?」 ※1
「テレビは持っていないので」
景隆の家にはテレビがないが、翔動の事業所として使っているマンスリーマンションにはテレビが設置されていた。
そこに長くいる柊と新田はテレビに興味がないためか、景隆が知る限りでは、その部屋のテレビに電源が入れられた形跡は一切なかった。
「あ、そうか。神代さんが出演したクイズ番組で、Web Tech Expoの宣伝をしてくれたんだよ」
「マジですか? そういえば柊がそんなことを言ってたような……」
「そのおかげで、問い合わせがすげーことになったんだ」
「そうなるでしょうね」
景隆は電話がじゃんじゃん鳴り響く様子を思い浮かべた。
実際に電話による問い合わせがあったかどうかは定かではないが、執務スペースに電話を設置しなかったことは賢明な判断だと再確認できた。
「そんでさー、テレビ局も取材にくることになったんだよ」
「ええっ!?」
景隆は驚いたものの、神代の影響力なら十分にありそうな気がした。
「そんで、下山さんのトークはデルタイノベーションのアレだよね?」
「はい、ソレがベースになっていますが、あれから翔動で内容がさらに昇華されていますよ」
「うちではまだ、アストラルテレコムが開発とか検証で使っているだけだけど、石動くんのところでは本番で動いているの?」
「はい、バリバリに動かしています」
「うわー、マジでちょー楽しみ。座長業務をさぼって聞きにいくよ」
「まぁ、俺はスタッフじゃないから、いいんですけどね……」
景隆と鷹山によって、デルタイノベーションで発表された仮想化技術は、新田の手によって機能拡張や安定性が向上が施され、実サービスでも使える水準になっていた。
下山のトークでは、この時代でかなりの最先端技術を披露することになる。
しかし、先日の柊からもたらされた情報のインパクトがありすぎたため、景隆は感覚が麻痺していた。
「このイベントって、デルタファイブが全然関係ないのが悲しいですね……」
景隆はWeb Tech Expoで予定されているトーク概要を確認していた。
どのトークも興味を引く技術が使われており、イベント参加者にとっては大きな刺激になるであろう。
「それがですな。どうもデクランが来日するのじゃ」
「ええっ!? デクラン・パーカーですか? イベントに来るんですか!?」
「そうよ。すごかろ?」
鷺沼はドヤ顔を決めていたが、それだけの価値があると景隆は思った。
デクラン・パーカーは計算機科学者で、プロセッサのアーキテクチャを設計している。
デルタファイブが提供しているサーバーのCPUの開発にも関わっていた。
「鷺沼さん!」
「ちちちち、近いな、おぃ」
鷺沼は景隆のあまりに食いつきに圧倒されていた。
景隆は申し訳ないと思いながらも、構わず続けた。
「デクランに会わせてくれませんか?」