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こいゆび、ひみつ  作者: 地熱スープ
来栖琴音の章
4/21

陽太との出会い

放課後、琴音は葵の誘いに乗り月村家を訪れることになった。


「お邪魔します」


琴音は玄関で小さく頭を下げながら、周囲をそっと見渡した。靴箱には家族全員分の靴が並び、少し古びた木の香りが漂っている。


「まあ、気楽にしてよ。とりあえず私の部屋行こっか」


葵は手をひらひらと振りながら案内してくれる。その気さくな様子に、琴音は少し緊張がほぐれた。


葵の部屋はシンプルで、机にはノートパソコンと小さな観葉植物が置かれていた。壁には装飾もなく、全体的にすっきりとしている。その意外な整然さに琴音は少し驚きながらも、「葵ちゃんらしい」と感じた。


「まだ陽太は帰ってきてないみたい」


その言葉に琴音は思わず肩を震わせた。昼休みに交わした会話が頭をよぎり、『観察』という言葉が心の中で繰り返される。


「まあせっかくだし、お茶でも飲んでゆっくりしていきなよ。」


葵は笑いながらそう言い、お客さんをもてなす準備を始めた。その何気ない仕草を見ているうちに、琴音はほっとしたような安堵感を覚えた。しかし同時に、小さな期待が叶わなかったことへの物足りなさも感じていた。


葵の弟、陽太のことを気にしている自分に戸惑いながらも、その期待がどこから来ているのか、自分でも分からず胸がざわついた。


「ありがとう…」琴音は小さくつぶやき、葵が用意してくれた座布団に座ろうとした時、ふとお腹が落ち着かない感覚を覚えた。


「あの...トイレ借りてもいい?」


「ああ、廊下の突き当たりを右に曲がったところだよ。」葵が軽く手で方向を指し示す。


琴音は礼を言って廊下へ向かった。その時だった。


玄関の方からドタドタと足音が響いてきた。

次の瞬間、汗だくでTシャツの裾を引っ張りながら陽太が廊下を曲がってきた。


彼のTシャツは胸元に汗染みが広がり、少し乱れた様子で肩に張り付いている。

琴音と目が合うなり、お互い驚いたように立ち止まる。


「きゃっ!」琴音は思わず声を上げてしまった。


「うわっ!」陽太も驚いた様子で声を上げる。そして一瞬、怪訝そうな表情で琴音を見つめる。その目には戸惑いとわずかな動揺が浮かんでいた。


琴音は慌てて目をそらそうとしたが、その瞬間目に飛び込んできた陽太の姿が、まるで絵画の一場面のように鮮明に頭に焼き付いた。引き締まった体つき、汗で濡れた肌が夕陽に照らされたように淡く輝いている。


胸元から腹部にかけて浮かび上がる筋肉の起伏、鍛えられた腕の曲線。少年から青年へと成長していく途中を思わせる、まだあどけなさの残る顔立ちと、逞しさを増す体とのコントラスト。


その光景すべてが一瞬で琴音の網膜に焼き付き、心臓が激しく鼓動し始めた。頬が熱くなり、呼吸が浅くなる。琴音は自分の体が熱くなる理由もわからず、その感覚に戸惑いながらも胸がざわついていることに気づいた。


「ご、ごめんなさい!」琴音は顔を真っ赤にしながらその場を駆け抜けるようにしてトイレへ向かった。


トイレの中で、琴音は自分の胸元に手を当ててみる。その心音はまだ収まらない。鏡に映る自分の顔を見ると、まるで熱でも出たかのように赤く染まっている。


「これって...どういう気持ちなんだろう...」


琴音は鏡越しに自分自身と向き合いながら、先日の公衆浴場で感じたドキドキを思い出した。小学生くらいだと思っていた男の子だったけれど、その時も妙な動揺と興味を覚えた。


そして今、陽太という同年代の男の子への激しい動悸。この二つの経験が重なり、自分でも気づいていなかった新しい感情が胸中で芽生え始めていることを感じた。


公衆浴場での出来事は、まるで薄い霧に包まれた記憶のようだった。でも今回は違う。陽太の姿は鮮明に頭に焼き付いて離れない。


筋肉の輪郭、汗で濡れた肌、その体つきは少年から大人へと変わり始めている途中のようだった。


「前よりも...この胸の高鳴りがもっと強く感じる...」


琴音は小さくつぶやいた。胸の鼓動は収まるどころか、思い出すたびにさらに激しくなる。体が熱くなり、言葉にはできない何かが心に込み上げてくる。


「これが...異性を意識するってことなのかな...」


初めて感じる感情に戸惑いながらも、琴音は密かな高揚感を覚えていた。それは、自分自身でも知らなかった新しい一面を発見したような感覚だった。


しかし同時に、別の思いも湧き上がってきた。


「でも...陽太くんって私より年下だよね。年下の男の子にこんな気持ちを抱くなんて...私、おかしいのかな。」


琴音は自分自身に問いかけながらも答えが出せない。社会的な常識ではおかしいと思う一方で、その胸の高鳴りだけは止められない。


陽太への気持ちが正しいものなのか、それとも自分だけがおかしいと思っているだけなのか。その葛藤が胸中で渦巻いていた。


「私、変なのかな...」


そう思いつつも、陽太の姿を思い出すたびに胸が熱くなる。その戸惑いと高揚感が入り混じった複雑な感情に、琴音はただ翻弄されるしかなかった。


***


リビングへ戻った琴音は、葵が用意してくれたお茶菓子と飲み物がテーブルに並べられているのを見て、座布団に腰を下ろした。


湯気の立つカップと、小皿に盛られたクッキーやチョコレートが目に入るが、手を伸ばす気にはなれない。陽太の姿が頭から離れず、胸の中でざわつく感覚が続いていた。


しばらくして、琴音はそっとクッキーを一つ手に取った。口に運んでみたものの、その味がほとんど感じられないことに気づく。飲み物にも手を伸ばし、カップを持ち上げて一口飲んでみるが、心ここにあらずの状態だった。


葵はそんな琴音の様子を見て、「何かあった?」と軽く尋ねてきた。

その声にはいつもの明るさが含まれている。


琴音は一瞬迷ったものの、ただ曖昧に笑って首を横に振った。「ううん、大したことじゃないよ」と答えたものの、自分でもその言葉には説得力がないと感じていた。


葵はそれ以上何も言わず、「そっか」と短く返事をすると、机の上に置かれた一口サイズのチョコレートを手に取り、無言で口に運んだ。


その何気ない仕草を見つめながら、琴音は胸の内で渦巻く整理しきれない感情に振り回され続けていた。


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