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こいゆび、ひみつ  作者: 地熱スープ
募る思い
17/21

すれ違いの視線

放課後のチャイムが鳴り終わると、琴音、葵、岡部の三人は連れ立って校門へ向かった。


夕暮れの柔らかな光の中、三人は並んで歩きながら、今日の授業や課題の話で笑い合う。(こんなふうに歩くの、久しぶりかも……)琴音は心の中でそっと呟いた。


放課後の空気は、どこか甘くてゆるやかだった。


岡部が言い出した新しいカフェ――『Cafe Annamirageアンミラージュカフェ』は、駅前通りの角を曲がったところにあった。


ステンドグラスの扉を押して中に入ると、レトロなランプが灯り、木のテーブルが並ぶ。窓際には色とりどりのクッションがふかふかに積まれている。


ほんのりと甘い焼き菓子の香りと、静かなピアノのBGMが耳に心地よい。


「うわ、可愛い……!」


琴音が思わず声を漏らすと、岡部が得意げににやりと笑った。


「だろ?こういうの、センスいいと思わない?」


「岡部、そのリサーチ力は認めるわ」葵が感心したようにほめると、岡部は胸を張る。


「今日は俺のおごりでいいよ。ほら、好きなの頼め!」


「ほんとに?じゃあ遠慮なく……」琴音はメニューを手に取り、ページをめくる。「うーん、どれも美味しそう……あ、いちごのミルフィーユ……」


「私はアイスコーヒーにしよっかな」葵はすぐに決めて、メニューを閉じる。


「じゃあ俺はチョコパフェで!」岡部はメニューを指でトントンと叩きながら注文を決めた。


三人の声が、カフェの柔らかな空気に溶けていく。そして窓の外には、夕焼け色の光がステンドグラスを通して店内に虹色の影を落としていた。


窓から差し込む夕方の日差しが、テーブルの上のグラスを虹色に染めている。琴音は、グラスの中で揺れる光をぼんやりと眺めながら、二人の会話に耳を傾けていた。


岡部が冗談を言うたびに、葵がすかさずツッコミを入れる。

「また始まった……」と呆れたように眉をひそめつつも、葵の口元には小さな笑みが浮かぶ。

岡部はそんな葵の反応を楽しむように、わざと大げさに身振り手振りを交えて話す。


「いやいや、俺は将来アイドルと結婚するって決まってるんだから!」


「はいはい、まずは彼女作ってから言いなよ。」


琴音はそのやりとりを微笑ましく見つめ、心の中で(この二人、ほんとに仲いいな……)とつぶやく。


やがて、三人のもとに注文した品が運ばれてくるまでの、ゆったりとした時間が流れる。店内には焼き菓子の甘い香りと、静かなピアノのBGMが漂い、外の喧騒が遠く感じられた。


岡部は「まだかな」とテーブルを指でトントンと叩き、葵は窓の外の夕焼けをぼんやり眺めている。琴音はグラスの水滴を指先でなぞりながら、三人でこうして過ごす放課後の静けさをかみしめていた。


やがて、店員がトレイを手にやってきた。

「お待たせしました。いちごのミルフィーユ、アイスコーヒー、チョコパフェです。」


目の前に運ばれたミルフィーユの層はきらきらと輝き、アイスコーヒーの氷がカランと涼しい音を立てる。

岡部は「お、来た来た!」と嬉しそうに声を上げ、葵は「ありがとう」と微笑んでグラスを受け取る。

琴音も「いただきます」と小さく呟き、フォークを手にした。


その時、ふと窓の外に目をやると、歩道を歩く二人の姿が目に入った。陽太と、同じくらいの年の女の子。


二人は何か楽しそうに話しながら、時折顔を見合わせて笑っている。


琴音の胸が、きゅっと痛む。


「あれっ、あれ陽太じゃね?」


岡部が窓の外を指差して声を上げる。


「ほんとだ」


葵も身を乗り出して確認する。


「……あれ?あの隣の女の子、誰だ?」


岡部が首を傾げると、葵がすぐに答えた。


「あっ、陽太のクラスメイトだよ。桜井結衣……たしか、ピアノもバイオリンもできて、運動もできるお嬢様って有名だよ」


「へえ……やるなあ陽太」


岡部はニヤニヤしながら窓越しに陽太の方を見る。


琴音はそのやりとりを聞きながら、ミルフィーユのクリームをフォークですくい、視線を外に戻す。


陽太が桜井に何か話しかけ、桜井がぱっと笑う。その無邪気な笑顔に、琴音の心がざわついた。


指先に力が入り、フォークが小さく震える。


葵と岡部の会話が、水の中から聞こえてくるように遠く感じられた。琴音は窓越しに陽太の顔を見つめる。ガラスの歪みのせいか、彼はどこか大人びて見えた。


やがて二人は通り過ぎ、窓の外から姿を消す。


それでも琴音は、無意識に何度も窓の外を振り返ってしまう自分に気づき、そっと頬に手を当てた。


(なんで、こんなに気になるんだろう……)


その後も三人は、スプーンでパフェをすくったり、ミルフィーユの層を崩したりしながら、くだらない話で笑い合った。岡部が冗談を飛ばし、葵が笑いながらツッコミを入れる。琴音はフォークでミルフィーユのクリームをすくいながら、ふと窓の外に視線を投げる。そのたびに胸の奥がざわついた。


やがて、夕暮れの光がステンドグラス越しに店内を染め、三人は名残惜しそうに席を立った。


家に帰ってからも、窓越しに見た陽太と桜井の姿が頭から離れなかった。制服のままベッドに寝転び、天井の模様をぼんやりと眺める。まぶたを閉じても、陽太と桜井が並んで歩く姿が焼き付いている。


「陽太くん……あの子と、どんな話をしてたんだろう」


胸の奥にもやもやが広がり、言葉にできない熱がじわじわと残る。その正体が何なのか、琴音はまだうまく言い表せなかった。


***


一方、陽太は桜井や班のメンバーと並んで歩きながら、発表会の内容について話し合っていた。


桜井はノートを胸に抱え、そっと陽太の顔を覗き込む。「この部分、どう思う?」と、控えめな声で尋ねてきた。


陽太は少し考え込みながらも、自分の家で見た食品ロスの工夫や、父の店での出来事をぽつぽつと話していく。


ふと、背中にじりじりと視線の熱を感じた。


(……誰か、見てる?)


けれど振り返ることはせず、胸の奥でその違和感を小さく丸めて歩き続ける。


「どうしたの?」


桜井が首を傾け、淡いピンクの日傘の影が陽太の肩にふわりとかかる。彼女の瞳は、まっすぐに陽太を見つめている。


「いや、なんでもない」


陽太は視線を少し逸らし、歩調をほんの少しだけ早めた。手の中のプリントが汗でふやけて、指先にざらついた感触が残る。思わず、それをぎゅっと握りしめる。


桜井は小さく微笑み、歩幅を合わせて隣に並ぶ。


「月村くんがいると、なんだか安心する……かも」


その言葉に、陽太の胸の奥が不思議と熱くなる。


周囲のざわめきや車の音が遠のき、二人の間だけ静かな時間がゆっくりと流れていた。


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