9:籠守達の裏
「…時間になっても来ないから、どうしているかと思いきや…」
「も、申し訳ない撫子…」
忘れていたのは、撫子との約束。
一時間後に中央広間で待ち合わせをしていた撫子のことをすっかり忘れていた。
最初、浅葱の顔を見て「文句の一つでも言ってやろう」と怒りを纏わせていた彼女も、浅葱の腕で眠る少女を見たら事情は察する。
「…何があったの?」
「色々あってさ」
事情を軽く説明すると、撫子は眉間の皺を徐々に緩めてくれる。
怒りを収めてくれたらしい。
「なるほどね。じゃあ、そちらは」
「金糸雀様だよ」
「本当に小柄な方ね…。医務室には行ったのよね。なんて?」
「病気の類いはないだろうって。瑠璃様曰く「浄化を受けて、何も反応がなかったので風邪の類いではありませんわ」って」
「瑠璃様そんな口調なのね…」
「だから、精神的なものじゃないかと」
「お似合いね。薬は何を貰ったの?」
「胃の調子を整える薬と、栄養剤。喉を痛めている様子があったら追加で薬を処方するから取りに来いと」
「喉の不調ってわかるの…?声出せないでしょ…?」
「喉に違和感を覚えている反応を見逃すなと」
「へぇ…難しいわねぇ。隠したらどうする?」
「情報を探るのは得意だよ」
「恩寵を受けし者の方々相手に尋問とかしないでよ?監禁の上極刑よ?」
黄色の扉の先に入り、部屋まで向かう。
「え、でも月白様は私と露草に…」
「露草って誰?」
「花鶏様の専属で、開拓軍時代の上官だった人。私、露草と一緒にここへ来たんだよ。月白様が計画に必要だからって」
「月白様の?なんの計画?」
「それは言えないね。極秘事項なんだ。そういうものがあることは言えるけれど、詳細は撫子でも話せないね」
「…。そ、わかったわ」
「でも、一つ聞かせて」
「うん」
「厄介事では、ないわよね?」
「厄ネタだね。君の専属は幸いにして対象外だ。朱鷺と椋には近づかないように取り計らうといい。巻き込まれないようにね、撫子」
どういうことか、聞きたい。
金糸雀の正体云々より、浅葱が今どういう立場にいるのか。
自身の上官だった女と共に、先代籠守長からどんな指示を受けてこの場にいるのか。
根掘り葉掘り聞きたかった。
でも、これ以上は聞けない。
聞いたら、浅葱の願いに背き…巻き込まれるのだから。
「…わかったわ」
だから、ここで引く。
離れていく背を、見送ることしかできないままに。
金糸雀の部屋に到着した後、浅葱は力なく抱かれた金糸雀をベッドの上に寝かせる。
せっかくなので、と…枕元に置かれていたカラーバード戦隊のぬいぐるみを手に取った。
タグは確かに二つ。萌黄が言っていたものだ。
真白だったタグは青緑色に染色されているが、正規品を示す印鑑が押されている。
よく見たら、タグには名前が書かれていた。
何度も洗ったことで滲んでしまっているけれど、読めないことはない。
こんなところに答えはあった。
こんなあっさりと発覚するとは思わなかったが、これでまず一つ…。
目的を果たすことができた。
「……」
無言で布団を被せた後、それを彼女の隣に寝かせたら、次の仕事へ取りかかる。
適当な場所へ上着をかけて…部屋の掃除を始めなければならない。
机の上には、夕飯の残りと吐瀉物が残っている。
このままにはしておけない。
「ごみ袋と消毒剤を持ってくるわ。備え付けだけじゃ足りないだろうし」
「助かるよ、撫子」
「これぐらいなら私にもできるでしょう?人手、見つけたら声をかけるわ」
「何から何までありがとう」
部屋を出て、撫子が必要なものを取りに行ってくれる。
その間にできる範囲のことは行っておこう。
冷めきってしまった自分のシチュー皿を手に取り、躊躇いつつも廃棄袋へ流し込む。
あの日、裕福で暖かな家庭で暮らしていた親友。
あの子が恩寵を受けし者に選ばれて連れて行かれた日。
『残された君は、君達を置いていくしかなかった牡丹さんと淡藤さんの願い通りに、そして選ばれてしまった真紅ちゃんと琥珀の代わりに大人になって、幸せになるべきだ』
そう言ってくれたあの子の両親の制止を振り切り、色鳥社の門を叩いた時の様に。
残された幸福を、こぼしていく。
◇◇
掃除をあらかた終えた頃、清掃道具を持ってきた撫子と他数人の籠守がやってきた。
「あ、浅葱…。助っ人をしてくれる方をお連れしたわ…」
「さっきぶりっすね。大変なことになったみたいで。災難でしたねぇ」
「萌黄殿」
「掃除は終わっているっすね。後は該当箇所を消毒。お任せを」
「助かります」
恐る恐る声をかけてきた撫子の後ろから、萌黄がひょこっと現れる。
話によると、ちょうど食器を厨房へ帰そうとしていた時、中央広間に撫子がいたので、先程の話の結果を聞こうと声をかけてくれたらしい、
その時に事情を聞き、食器を返した後、翡翠に一言入れた後…手伝いを申し出てくれたそうだ。
撫子は人を確保したので、清掃部に消毒液の貸与を依頼しに行ったところ、ちょうど“もう一人”と出くわしたらしい。
撫子が気まずそうにしているのも、萌黄が目を合わせようとしないのも…それが原因だ。
「それから、貴方はなぜこんなところに…?」
「偶然助けを求めていた撫子と会ったのよ。様子見も兼ねてついてきたわ。元気にしていた?」
「ええ。私は。お久しぶりです、月白殿。とりあえず、手、貸してください」
「はいはい。貴方の横暴な部分は、露草同様ねぇ」
無遠慮にあの月白と話す浅葱に、撫子だけでなく萌黄も絶句するが、当事者の二人は気にならない。
その光景を見て、撫子は「やっぱり事情を聞きたいわ」と思ったことは、言うまでも無いだろう。
それほどまでに異様なのだ。
新人籠守である浅葱と、先代籠守長である月白に、直接的な関わりは今、ないはずなのだから。
ささっと掃除を終え、改めて萌黄と撫子にお礼を言った後…月白は二人に仕事へ戻るように促した。
浅葱も同じように戻ろうとしたが、月白に肩を掴まれる。
まだ、専属業務には戻れないらしい。