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鳥籠と籠守  作者: 鳥路
第一章:歌えない金糸雀が求める唯一は
7/40

7:幸福の味

「金糸雀様、食事をお持ちしました」

「……」


憂鬱げに椅子へ腰掛けた彼女は、小さく頷く。

そんな彼女の前に、食事の準備をしていくと…金糸雀は目を丸くした。


「本日は、シチューになります」

「……」

「私の大好物ではないのですが、故郷でよく食べていたものになります。味付けは…」

「……」

かていの味ではなく、色々あった後、お世話になったご家庭のお嬢さんが好きだった味にしました。とても美味しそうに食べていらしたんですよ」

「……」


金糸雀が軽く目を逸らしつつ、小首を傾げた。

顔を見せないようにしながら、彼女は問う。

純粋に「父の味」ではなく「世話になった家庭の味」にした理由が気になっているようだ。


「味の理由は…そうですね。純粋に、好きな味だからです。超美味しいんですよ、朽葉くちはおばさま謹製のシチュー」

「……」


彼女が、あの子であれば…この味に反応するだろう。

父の味では、不味すぎて奴だろうがあの子だろうが、第三者でも同じ反応を示してしまうだろうから。

だから、懐かしさで判別する。


奴も第三者も、この味を知らない。けれどあの子は知っている。

金糸雀は短い付き合いではあるが、反応はかなり出る方と言うことを浅葱は理解している。

何かしらの反応はあるだろう。

反応が出たら、予定通りに。

反応がなければ、金糸雀が奴ではないか探るだけ。


裏の理由はしっかりしているが、でっち上げた表の理由は…何というかお粗末ではある。

しかし、それで納得したのか、金糸雀は普段通りの表情で、スプーンを握り…シチューを掬った。

彼女が食事を始める前に、浅葱にはやることがある。


「あの、金糸雀様」

「?」

「私も、一緒に食事を摂ってよろしいでしょうか」


鳥籠のルールで定められているわけではないが、恩寵を受けし者と同じ食事を同じ場所で摂れる籠守は、現在の専属籠守十人の中では白藤と露草ぐらいだろう。

白藤は長年の信頼関係がそれを許し、露草は環境が許さない。

他の籠守は、主人と共に食事を摂ることに抵抗を覚え、別室で食べている。


金糸雀の歴代籠守もそうだった。同じ場所では食べなかった。

だから浅葱の提案には驚かされるし、用意した食事にも面食らっていた。

彼女が自分の父親が作るシチューではなく、金糸雀になった少女の母親である朽葉の味のシチューを用意してくれたことも。

浅葱がそれを覚えていたことも。


この姿になって九年。取り戻せないと思っていた時間が一気に帰ってきた気がして…全てが嬉しく思えてしまうのだ。


「泣いていらっしゃるのですか?」


感極まっていたらしい。

気がつかないうちに流れていた涙を、浅葱はポケットから取り出したハンカチで拭ってくれる。

浅葱は自分の気がついているからこそ、これを用意したのだろうか。

まだ、探りを入れている段階だろうか。


金糸雀は思案する。しかし答えは見つからないし、問うこともできない。


金糸雀が聞けば、浅葱は包み隠さず答えてくれるだろう。

彼女の権能は、万物を導く権能は———他者に命令を聞かせられる権能は、そういう代物なのだから。

本当は聞きたい。貴方はどうしてここにいるの?と。

けれど金糸雀は聞けない。

鳥籠のルールで、籠守は恩寵を受けし者へ過去の詮索をしてはいけないという重要な規律がある。

恩寵を受けし者も、自ら過去を告げることは許されていない。

それを破れば籠守は恩寵を受けし者達の帰郷が済むまで監禁されると聞いた。


こんなところで、浅葱と引き離されては…最期の一年を、後悔する時間にしてしまう。


だからまだ、口を閉ざす。

かつてのように、視界いっぱいに映る浅葱を見ていたい気持ちはあるが、今はここまで。

涙を拭い、金糸雀は指先で自分の椅子を示し、それから自分の左隣へ持っていく。


「椅子、こちらに持ってきますね」


浅葱が隣へ椅子を持ってきたのを確認したら、食事を摂り始める。

これはきっと、大丈夫。

一縷の望みをかけて、金糸雀はシチューを口に含んだ。

———美味しい。

九年前を最後に、恋しささえ覚えていた母の味。

大好物の、味。

記憶にあるそれと同じシチューを、ゆっくりではあるが、金糸雀は噛みしめるように味わった。

含んだ瞬間、ほろほろと溶けるジャガイモ。濃厚なミルクのスープに溶け込んだ野菜の味。

何もかも、記憶のままだった。


鳥籠に来てから、一人で食べる味気ない食事ばかりだった。


『どう?美味しい?』

『本当に美味しそうに食べるよなぁ』

『くーちゃん、おばさまのシチュー食べてる時、いつも楽しそう』


隣に浅葱がいて、正面には両親がいる生活も遠い過去のは話。

会話はない。シチューも熱々ではなく、少しだけ冷めてしまっているけれど。

この時間を、金糸雀はとても温かく感じていた。


隣で浅葱も同じ食事を摂っている。

美味しそうに食べる姿に、笑みが出そうになった。

大好きな味を再び食べることができて、浅葱とこうしてまた過ごせる時間。

金糸雀にとってそれは、何もかもが幸福すぎて———。


『ふざけんじゃないわよ』

『あんたが出しゃばってくれたおかげで、計画が頓挫したんだけど』

『あれは私の所有物なんだから。わきまえなさいよ』


———同時に、思い出したくもない“奴”との記憶まで刺激してくる。

スプーンを動かす手が止まる。

まだ食べていたいのに、全身がこれ以上幸福を味わうことを拒絶し始めるのだ。


「……」

「…金糸雀様?」


先程まで、涙を拭いつつ懐かしむようにシチューを食べていた金糸雀が、苦しそうに喉を押さえ出す。

幸せな時間はおしまい。

奴から九年かけて刻まれた呪いは、再び得た幸福の上に落ちていく。


「金糸雀様っ!?」

「けぇ…」

「…なぜかはわかりませんが、こういう時こそ冷静に…。大丈夫です。今から医務室に向かいます。揺れますが、お許しを」


金糸雀は苦しそうに吐く姿を見た浅葱は、彼女の背を撫でて落ち着かせる。

嘔吐が落ち着いたら、金糸雀と自分が使用していたシチューの跡がついて曇った銀製のスプーンを握り、金糸雀を抱きかかえ…急いで、医務室へと駆けていった。

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