9:田舎町でのお仕事
川辺にある田舎町。
周囲に広がるのは水田。この場所では米を主に収穫し、色鳥社へ収めている。
恩寵を受けし者が食べる米も、ここで作られているらしい。
「…鴉羽様、準備が整いました」
「僕も問題ない。普段通り、外から扉が開けられるまで待機をするように。それからは打ち合わせ通りだ」
「…はい」
まずは鴉羽の出迎えが行われる。
お忍び扱いの鳩羽は白藤と共に隠れ、先に仕事場へ向かうようだ。
外から窓が軽く叩かれる。
これを合図にしている人物は、この場ではただ一人。
「撫子、準備は出来た?」
「できたわ、浅葱。もう大丈夫」
「…私から離れないようにね」
「誰の護衛をしに来たのよ…もう」
「…いくぞ、撫子」
「わかりました!」
浅葱が扉を開けると共に、先行して撫子が外に出る。
田舎町とは思えない歓声の中、撫子はいつも通り手を差し出し…中へいる鴉羽へと伸ばした。
「鴉羽様、お手を」
「ああ」
優雅な立ち振る舞いを、嫌でもさせられてきた。
学ぶ必要はなかった。彼女の場合、親が叩き込んだから。
しかし、親の一般的な振る舞いは恩寵を受けし者としては相応しくはなかった。
間違った知識で振る舞う姿を、周囲の空気が許さなかった。
だからこそ、らしい振る舞いを心がけた。
過去の鴉羽の記憶、周囲の空気。全てを糧に。
身体は勝手に動き、その振る舞いは鴉羽を恩寵を受けし者として相応しく周囲へ映せるように。
「鴉羽様だ」
「あれが鴉羽様…」
「隣にいるのは、もしかして香染のところの長女か?」
「長女ちゃん、昔から頭がよかったもの」
「こんな貧乏田舎に学舎ができるなんて…どうしてだろうと思ったけれど、籠守がここから誕生していたなら、当然ねぇ」
「通例だものね」
香染…撫子の父親の名前。
やはりここでは撫子は撫子ではなく「香染の長女」…そう呼ばれる。
「それにほら、あの腕章。鴉羽色だ」
「まあ。鴉羽様の専属なの!?」
浅葱達が身につけている腕章は色鳥社の鳥籠に勤める人間のみ身につけている証だ。
それぞれ仕事で腕章を振り分けられている…が、籠守達はそれぞれ専属でついている恩寵を受けし者と同色の腕章をつけている。
浅葱が黄色の腕章。白藤が薄紫色の腕章を———撫子が鴉羽色の腕章をつけるように、他の全員も同様に。
…ちなみに露草は鳥類の「花鶏」と同じ配色をした腕章を。新橋は特注の透ける布で作られた腕章をつけている。
「だから鴉羽様が直接運営を…」
「気に入られているのねぇ」
「あいつ、昔から要領良かったもんねー」
「大人に気に入られやすかったもんな」
声の中に、黒が混ざる。
全てが撫子を肯定する声ではない。ここにいた時…共に子供時代を過ごした存在の大半はここに残っている。
撫子が籠守に就任したように、彼ら彼女らも…農民として日々を過ごしている。
その声に、撫子は普段のように目を閉じて聞き流そうとするが…それは許されない。
今の撫子は鴉羽の籠守。彼女の護衛が仕事である。
「…おい、そこの」
「え」
「そこの薄汚れた布を纏って、顔面に泥をつけているお前だよ」
「な、何用でしょうか…」
「先程から聞くに堪えない言葉を述べるな。僕の脳が害される」
「…え、でも」
「撫子は僕の籠守だ。僕の手足となる存在だ。彼女を愚弄するなら、僕への侮辱と捉える。言葉には気をつけろ」
「おい…申し訳ございません、息子が…」
「構わん。お前の罪ではないよ。そこまで成長しておいて愚かな真似をするのは、本人自身の問題だからな」
「…ほら、お前も早く」
「も、申し訳ございません…」
「今回はこれで見逃す。顔は覚えたからな。次はないぞ」
羽織をはためかせ、進むべき方向へ。
その先で一瞬権能を解いた鳩羽と白藤の姿が見えた。
鳩羽は腹を抱えて大笑い。白藤は頭を抱えていた。
「やりますね〜。鴉羽様」
「浅葱、茶化さない!」
「だろ〜。しかし、僕が動かなかったらお前が動いていたな、浅葱」
「ですねー…。言い訳は鴉羽様同様。見せしめとして、軽く灸を据えてやるのも、私は有効だと考えますが」
「なるほど。その手があったな。次はお前に任せる」
「承りました」
浅葱は主が金糸雀だから大人しい。
鴉羽のように思想が過激な相手と組めばたちまち危険人物と化してしまう。
本当に、鴉羽の籠守が浅葱でなくてよかった…と、撫子は心の底から思ってしまった。
いや、それよりも撫子にはやることがある。
「鴉羽様…!こういうのはお控えください!」
「僕が気に食わなくてやったことだ。撫子は気にするな」
「…気にします」
「別に僕が勝手をしても、君に迷惑はかからないように…」
「そういう問題ではありません。貴方は鴉羽様。恩寵を受けし者の一人です」
「ああ、そうだな」
「…一介の籠守を、気にかけるものではないかと」
「金糸雀も鳩羽も許されるのに、僕だけ許されない理由はなんだ」
「それは…」
「君の理屈だと、僕が何をしようが勝手だろう。この件の小言は受け付けない。時間の無駄だ。護衛は浅葱に任せる。先に施設内に向かい、準備を整えておいてくれ」
「…はい」
撫子は指示を受けた後、鴉羽がこれから仕事を行う施設の方へ先行する。
浅葱に護衛を任せ…その後ろ姿を眺める鴉羽の方を、浅葱がそっと叩く。
「…言い過ぎっすね」
「そうだろうか」
「…撫子を気にかけてくれるのは嬉しいですけど、もう少し言葉を綿のようにできませんか?」
「十分しているほうだ」
「…左様で」
あの教育環境から考えたら、随分柔らかくなった方なのだろう。
それに浅葱はかつて鴉羽が撫子のことをロリ女だの滅茶苦茶な呼称で呼んでいたことも聞かされている。
…これでも随分優しくなっていることは、理解できている。
本当に、難儀な存在だとも。




