8:正論は時に
「なんかめっちゃおもくないか?」
「そんなことありませんよ…?」
「いや、なんか。めっちゃおもい。なにそれ。わたしなにきかされた?」
「鴉羽様、素がでていらっしゃいます」
鴉羽が動揺してしまうのも致し方ない。
聞かされた話は、想定の「共犯」関係を超えていた。
鴉羽の予想だと、浅葱と金糸雀が幼馴染なのだから…その金糸雀を見つけ出すために手を組んだ。
そこまでだった。そこまでしか、予想できていなかった。
彼女はまだ、人の感情を想定に入れ込むことは出来ていなかった。
だからこそ、撫子と浅葱の企みに…言葉を失うしかなかった。
それでも、彼女は思考を巡らせる。
現状を見つめ直し、彼女なりに…撫子の異常に触れていく。
「…いや、まず撫子。共犯って、金糸雀…琥珀と言うべきか。彼女を見つけ出すために、浅葱と手を組んでいたのか?」
「そうなります」
「最終的には、逃げる予定なのか?」
「時期が整えば、そうなりますね」
「…浅葱と金糸雀について逃げるとして、算段はあるのか」
「未踏地の前線に潜むことを計画しています」
「それならば追ってはこられないだろうが…撫子」
「はい」
「それは、君になにかメリットがあるのか?」
「…?」
「君の境遇を今知った。それを踏まえて…君が救われたと実感する感情も、理解できないことはない。君にとって浅葱は、私にとっての姉様のような存在だったのだろう。存在に救われているそういう存在だ」
「…」
「だからこそ、浅葱に献身的になる気持ちは分かる。私だって姉様の存在に支えられていた身。姉様の為に出来ることはしたい。しかし、それは私の身の無事が保証されていることが絶対条件だ。絶対に法を犯す真似はできない。鴉羽としても、菖蒲としても」
「…例え白藤さんが、処刑される寸前でも?」
「正当な理由である限りは、私は手を出さない。裁かれるべき存在なら裁きを受けるように促す。仮にそうなってしまった姉様に手を差し出すことは優しさではなく、愚かな事だ。身内として出来ることは、全うするつもりだよ」
「…」
「答えてくれ、撫子。君が罪を犯し、浅葱に手を出す理由は…本当にあったのか?」
「ありました。この目的があったからこそ、私は籠守になれ、浅葱と再会できた。今は、それで…」
撫子の視線が、一瞬だけ揺らぐ。
それを鴉羽は見逃さない。
「金糸雀の正体を暴いたまでならどうにかなる。しかし、逃亡となったら話は別だ。思い留まれ撫子。その先に進んで、法を犯して君が幸せになれる道はない」
「私は自分でこの道を選びました。だから、幸せなんです。自分の意志で、選び取ったことが正しいと信じる権利すら、貴方は奪うおつもりですか?」
「幸せだと言い聞かせている気がするのは、私の気のせいではないよな」
「何が、言いたいんですか…?」
幸せだと言い聞かせている現状。
つまり、撫子はこの共犯関係に落ち着いてはいるが、納得はしていない。
納得できない理由があるとしたなら…「邪魔者」の存在か。
「———金糸雀がいなければ、浅葱は君だけのものだな」
「それは…」
「私が君以外の籠守に任務でもだそうか。金糸雀を殺してこいと。そうしたら君は本当の幸せを手に入れられるのではないか?」
「…」
「浅葱と二人きり。逃げる必要がない平和な鳥籠の中で、特別な「大事な親友」の立場さえ手に入れて…暗殺任務を課した私だけを悪者にしたらあら不思議。浅葱は私だけを恨み続ける。それでいて君を大事にする理想的な環境が出来上がる」
「…」
「———今、一瞬だけ理想的に思えたな?」
撫子の口角が一瞬だけ持ち上がるのに、時間はいらなかった。
そして鴉羽もまた、その瞬間を待っていた。
…撫子は、金糸雀が邪魔。
歪な感情を抱く姿は、それこそ鏡のように思えてしまう。
対象が白藤か、浅葱か…鳩羽か、金糸雀かの違い。
それでも、互いの大事の人の手前…嫌っている方には体よく振る舞う。
「ちがっ…私は、金糸雀様の事だって大事に、浅葱の親友なんだから。浅葱の会いたい人なんだから」
「大事にしていると言いたいのは分かるが…排除できると考えただけで笑うような君には説得力はないよ」
「…っ」
「正直になれ、撫子。君の大事は「浅葱だけ」だと」
言葉に詰まった撫子は、やっと項垂れ…鴉羽が望んだように、本音を吐露する。
だけど、彼女の想定を一つだけ…裏切ってきてくれた。
「…金糸雀様…琥珀さんは本当に嫌いじゃないの。あんな優しい人、私は出会ったことがない。あの人だって、私が気に入らないことは分かってる。だけど、大事にしてくれている。浅葱の、友達だから」
「…」
「本当にいい人よ。浅葱が大事に思うのも、分かるぐらいなの。入る隙間がないのも分かるの。私が友達になれるような存在でもないなって」
「…」
「だけど、彼女に出会う前に…琥珀さんがいなければなんて考えたのは事実よ。彼女さえいなければ、浅葱の特別になれたのかなって…」
「恋人とかを目指していたのか?」
「…親友でいいの。ただ、それだけ」
「…そうか」
金糸雀といい、撫子といい…抱いている感情は親友の域を超えている。
鴉羽自身、あの浅葱にそこまでの魅力は感じない。
しかし、金糸雀には…撫子にはさぞ魅力的な存在に見えるのだろう。
「なんか、すまない。君の感情を暴くような真似を」
「いいえ。構いません。貴方のすることに…籠守は何も咎めることなどできやしません」
「…」
「貴方が成すことは何もかも正義になります。ですが…金糸雀様や白鳥様のように、人の感情まで正義に染め上げられるとはお思いにならないでください」
「…肝に銘じておくよ」
最後だけ、突き放すように。
最後の最後で繰り出された撫子の忠告を、鳩羽は黙って受け入れるしかない。
もう少しで、目的地。
それを意識した撫子の顔に、再び陰りができる。
鴉羽の想定では、どうでもいい話をして…撫子の意識を故郷から逸らさせ、今もいつもの撫子が目の前にいる筈だった。
———こんな顔をさせたかった、訳ではなかったのだが。
大事だから、世話になっているから…出来ることをしたかった。
しかし、鴉羽が成し遂げたのは…成し遂げたかった事と、真逆。
想定は想定であり、確定された未来ではない。
彼女はまだ、心の温度を計算の中に入れられない。
鴉羽の記憶の中には数多の情報がある。
それを使いこなすのは、鴉羽自身の素養の問題。
そしてまた、その知識をふんだんに使うための感情でさえも、鴉羽自身の素養となる。
今代の鴉羽には、記憶力も知力も存在している。
歴代とは異なり、天才に追いつこうとした秀才。
十年に一度、特別な脳を持った存在が産まれるわけでは無いので致し方はない。
歴代と比較し、彼女は数段劣るが…記録の使い方は誰よりも上手い。
しかし、歴代鴉羽には欠点が存在している。それは彼女も例外ではない。
「天才故に、人の感情に理解を示さない」
それが歴代鴉羽の欠点。今代の鴉羽もまた、漏れずに抱く欠点。
しかし、今代の鴉羽は———ただの秀才だ。
そして、理解をしようとする気持ちは存在している。歴代初の傾向だ。
「鴉羽様ー。撫子ー。もうすぐ到着しまーす」
「そう?じゃあ、降りる準備をしておくわね」
「頼んだよ〜」
外からする浅葱の声に、撫子の目が一瞬だけ輝く。
誰も見ていないのに、本人もいないのに…穏やかに微笑み、彼女の声に応対する姿は、いつもの撫子。
その表情を声一つで作れる浅葱に、鴉羽は小さく舌打ちを返した。




