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鳥籠と籠守  作者: 鳥路
第三章:鴉は心のぬくもりを知らない
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7:浅葱と撫子

研修職員時代。

ここでの頑張り次第で鳥籠の事務員———籠守の最短ルートを歩める。

それを知っていた私と浅葱…そして周囲は互いに競い合いながら、研修職員時代を過ごした。


周囲より年下であり、研修職員の適齢を大きく下回っていた私を快く思わなかった存在は多く、よく無視をされたり、物を隠されたりしていた。

———そんな存在が籠守どころか事務員になれると思っているのかしら。

そう思いながら過ごしていた私に、友達なんていやしなかった。

当時の私を振り返っても、なかなか性格がきつかったと思う。

…誰にも、利用されないようにしていた自覚はある。

それでも私を認め、関わりを作っていた存在こそ———これまた浮いていた浅葱だった。


「ねえねえ、撫子ちゃん」

「な、何かしら…浅葱、さん」

「ここ教えて。洗濯槽の使い方」

「…さっき、上官から説明を受けていたわよね」

「もう忘れちゃった。覚えにくくって」

「貴方ほんと家庭的なことになると忘れ具合が凄まじいわね!?今まで何してたの!?洗濯槽を使ったことのない女子なんていないでしょ!?」

「全部お父さんがやってくれてた〜。物干しは手伝ったけどさぁ…」

「親に任せていいご身分ね!そんな存在に教えること何てないわ!」


当時は「親に任せて〜」なんて言っていたけれど、彼女の父親がそうしていた事情を知ってしまえば、笑い事じゃ済まされなくなる。

浅葱の父親…淡藤さんも子供達の自立の為、自分の服はともかく、子供達の服だけでも互いに洗うようにお願いしたことがあるらしい。

しかし、真紅が選択当番になる度に、浅葱の下着がどんどん消えてしまっていたそうだ。

彼女は「物干しの時に飛ばされたんじゃない?」と言っていたそうだが…淡藤さんはそれを嘘と見抜き、最終的に自分が付いている状態で浅葱と洗濯をしていたようだ。

そういう笑えない事情があることを後で聞かされたものだから、この時の軽率な発言を酷く悔やんだのは…言うまでもない。

本人は、全然気にしていないどころか忘れてさえいたけれど…。


「今度護身術の監修してあげるからさぁ…ほらぁ、撫子ちゃんこれヤバいじゃん?」

「周囲と比べて体格差があるからよ…!貴方達と同い年になれば私だって貴方達を…!」

「その時は、私達もう十五歳でさらにデカくなってると思うよ」

「ぐぬぬ…」

「それに撫子ちゃんは歳相応に柔らかい身体を駆使した術とかを中心に使い込んでいるでしょう?将来的に使えなくなる可能性高いしさぁ…」

「た、確かに現実的…」

「本気で籠守目指しているなら、もう少し有効な術を身につけた方がいい。私、その点なら教えられるから」


浅葱は当時から身体を動かすことに関しては、飛び抜けていた。

座学に関しては微妙なところもあったけれど、彼女には私にはない明確な目的が存在していた。

普段の彼女を考えたら、当時の彼女の学力は相当に底上げされていたと思う。

全ては…琥珀さんに会うために。


「…なんでそこまでするのよ」

「いや、私に洗濯槽の使い方とか嘘抜きで細かく教えてくれるの、撫子ちゃんだけだし…」

「それは、当然じゃない?」

「当然じゃないんだよ。嘘抜きだよ。他の奴らに聞いたら絶妙に嘘混ぜ込んでくるの」

「それは…貴方が武術の成績トップだからよ…これ以上貴方に成績を底上げされると、事務員の枠が埋まってしまうから」

「そこまでして籠守になりたいのかねぇ…」

「十枠しかないそこに入れることが名誉だもの。事務員になるだけでも、十分な誉れなのだから…その枠に収まろうと、優秀な人間を蹴落とすのは当然の摂理じゃない?」

「じゃあ、君も私に嘘を吐いて蹴落とさなきゃね」

「蹴落とす手段は私自身の実力のみ。そうであるべきだと思うわ」

「そういう立派な精神が、周囲が気に食わない部分なんだろうねぇ…私は正々堂々としていて気に入っているけれど」

「そう…私も貴方を気に入っているわよ?」

「その心は?」

「素直すぎる。私にあれやこれや話す義理、貴方にあるの?」

「ある」

「…どうして?」

「君は私の幼馴染によく似ている。優しくて、面倒事もきっちりこなす責任感。見ているだけで懐かしくて…」

「懐かしくて…」

「ごめん。今度の護身術の稽古、考えておいてよ。勿論、洗濯槽の使い方もね」

「浅葱さん」


琥珀さんのことを思い出す度に、辛い顔を浮かべていたのを…思い出す。

本当に大事な人だったのだろう。

それもそうだ。なんせ彼女は…浅葱の全てを支えてくれた人。

父親かぞくの次に大事な存在だったのだから。


◇◇


時は少し進み、私が事務員への選抜が決まった頃。

私が浅葱の目的を知ったのはこの時であり、同時に私が事務員にこだわっていた理由も…互いに共有した。


この頃、私は浅葱との取引を何度も繰り返し、無事に首席で事務員になることが出来たのだが…浅葱は、十一番で事務員の選抜からはギリギリ漏れていた。

結果が公表された後、私は浅葱を探し…彼女がいるであろう骨董店まで駆けていた。


「やっぱ試験落ちてた。ごめんねお爺ちゃん」

「いや、いいんだよ…狭き門だ。十一番という結果は非常に惜しいが、あの環境でよくやったものだよ。気にかけてくれてありがとう」


店主さんと何かを話した後、どこかにふらふらと向かっていた浅葱の手を掴む。

やっと、捕まえた。


「…浅葱!」

「やあ、撫子。おめでとう。流石撫子だね」

「ありがとうって…そうじゃなくて!」

「十一番…土壇場でやっちまったや…何度も教えてくれたのに申し訳ないね」

「そんなこと気にする必要ないわよ!それよりも、貴方…未踏開拓軍に志願したって聞いて…!」

「ああ…事務員の選抜に漏れた私が籠守を目指せるのはもうここだけだからね」

「そんな…わざわざ命を捨てにいくような真似をしなくたって…他にもあるでしょう?」

「もうないんだ。あの場所で成果を上げない限りは、籠守の道はない。幸いにして私は戦える。生き残ってみせるさ」

「そこまでして籠守に成りたい理由なんて…教えてよ。どうしてそこまで必死に…!」

「…撫子には、私の面倒を見てくれた幼馴染がいた話をしたよね」

「ええ。お父様を亡くされて…憔悴していた貴方が立ち直れるように支えてくれた琥珀さん、よね」

「…くーちゃんは、琥珀は…恩寵を受けし者として鳥籠の中にいる」

「…それは」

「私は彼女に会いたい。ただ、それだけなんだ」


ただ、一心に。それだけを目標として…突き進んでいた。

彼女は私がいなければ、選抜内で事務員に抜擢。籠守への道を進めただろう。

私さえ、いなければ…。


「…私、事務員の選抜辞退する」

「どうして?そうなりたい理由があったから、君は頑張ったんだろう?」

「私にはないの。私がここにいるのは、家族から逃げるためだけ…貴方みたいな立派な理由がある人に道を譲るべきだわ」

「待って、撫子。家族から逃げるって…」

「私は、家事をやりながら弟と妹の世話をする生活から逃げてきて、自分で食べていける環境を手に入れたいだけなの。貴方と比べたらちっぽけで…」

「そんなことないよ」

「…でも」

「逃げたいって思うぐらい苦しかったんでしょう?そして撫子はそこから逃げて、頑張った。その結果が首席選抜だ。私ならできない」

「…でも、私さえいなければ」

「撫子がいなかったら、私の成績はさらにボロボロだね。撫子がいてくれたから、十一番なんだよ」

「貴方はどうしてそんなに優しくいられるの?私が一番じゃなかったら、私も選抜内だったとか言ってよ…!」


いくら肯定してくれても、私は上手く受け取れなかった。

それも、そうなのだろう。

あの時の私は、それから抜け出す途中だったから。

完全に、抜け出せたのは———。


「責められることって、君の救いになる?」

「…なる。お父さんとお母さんは、弟と妹のヘマを私の責任として責めたから。弟と妹たちだって…自分達が上手くやれないのはお姉ちゃんのせいだって」

「…」

「私がダメって自覚するために、ちゃんと責めて欲しい。もっと頑張るために、ちゃんと…」

「———なら絶対に責めない。君は私からの感謝だけを受け取って」

「どうして…」

「どうしては私の台詞だよ。それ本当の家族の話?撫子は逃げてきて正解だよ。そんなの家族じゃない」

「子供の責任は子供の責任じゃなくて親の責任。自分が上手くやれないのは自分の責任。撫子の責任じゃない。撫子が持った責任だけが、君の責任。誰かから押しつけられたものは、決して君の責任じゃない」

「…」

「君はここにいて、これからも逃げ続けるべきだ。家族が君を諦めるまで、色鳥社の中にいれば部外者の立ち入りはない。事務員は外部の仕事はないだろう?接触することもない。ぴったりな環境だ」

「でも、浅葱…」

「私はまだ手段を選べる。だけど君は事務員になることが最適解だ。このまま進んで、君が籠守になる時に…鳥籠の中で会おう」

「っ…!」


これを約束というのであれば、約束なのだろう。

凄く一方的でも、私はこれに救われた。

これがあったから…籠守を目指せた。

家族から逃げるなんて体裁を追いやり、浅葱と共に働くために目的を変えることができた。


「君が籠守になる前に、私が籠守の道を未踏開拓軍で掴んでやるからさ」

「…ありがとう、浅葱」

「でも、側にいられないから…何かあった時、君を支えられないね」

「気持ちだけで十分よ。ありがとう、浅葱」

「いいんだよ…」


私の頭を撫でようとした瞬間に、浅葱のお腹が凄い音を出す。

緊張が解けたのか、そもそもご飯を食べていなかったのか…とにかくお腹が空いていたらしい。


「…てへっ!」

「緊張感がないわねぇ…今日は私の奢りでご飯を食べましょ。貴方が好きな牛丼のお店でいいわよね」

「え〜。撫子の好物にして、ここはお祝いって名義で私が奢る流れじゃね〜?」

「…私からの感謝よ。素直に受け取りなさい」

「…私、感謝されることした?」

「凄く、してくれた」


浅葱の腕に抱きつき、距離を詰める。

親友には琥珀さんがいるから無理だけど…大事な友達ぐらいは、名乗っても良いわよね。

…琥珀さんがいる限り、私はずっと友達止まりかぁ。

もっと、特別が欲しい。

繋がりが決して断たれないような———。

…あれ?


「撫子、少し歩きにくい」

「いいじゃないの。ね、浅葱」

「なあに?」

「私、籠守になったら…貴方が琥珀さんに再会できるように貴方を手伝うわ。貴方が琥珀さんと逃げたいというのなら、それも」

「そんなことしたら、撫子は…」

「牢屋に入れば、家族から逃げ切れるわ。私にはメリットしかないもの。貴方の共犯になることはね」

「…その時は、君も一緒に連れて行くよ。世界の終わりまで逃げ切ってやろう」

「…へ」

「撫子は、私の大事な親友だからね。君一人に全部を押しつけて逃げるわけにはいかないさ」

「…優しいのね」

「選べないだけだよ」

「そういうところ、大好きよ」


決して断たれない繋がりを求めて、共犯者を選んだ。

恩寵を受けし者と逃亡なんて、絶対に許されることではない。

色鳥を———この世界を敵に回す選択肢を、私は選んだ。

初めて選べたのだ。浅葱といる選択肢を。

私にとって幸せになれる選択肢を———。

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