5:白鳥と山吹
なんだか、嫌な空気になった。
そう感じ取った浅葱は、作り笑いを浮かべる白藤と鳩羽から目を逸らすと共に、話題も逸らす。
この話は、なんだか続けるのは…よくないらしい。
「…そういえば、白鳥様の話に戻るんですけど」
「え、ええ…どうしたの?」
「白鳥様ってどんな感じの方なんです?ものまねとかしてみてくださいよ、白藤殿」
「ものっ…ええっ…?上手くやれるかしら…」
「してはくれるんですね」
「やりはするんだね」
◇◇
時は少し戻って、出発一週間前。
準備中の白藤が広間に訪れると、誰かが慌ただしく駆け寄ってきた。
その存在は駆け寄ったはいいものの、止まることができず…白藤に抱き留めて貰ってしまった。
「あうっ!」
「大丈夫?山吹」
「しししししし白藤さん!」
「どうしたの?なにかあった?」
「い、いえ…!そ、そのですね…!」
「山吹、急に走られては危ないですよ…あら」
駆け寄ってきた山吹は白藤に抱きついたまま、思っていた事を口に出そうとするが…なかなか出てこない。
そして、彼女と一緒にいたであろう白鳥が長いスカートをつまみ、足に引っかからないようにしながら駆け寄ってきた。
「白鳥様!」
「こんにちは、白鳥様」
「こんにちは。ほら、山吹。白藤さんに会われたら、お話ししたいことが、と…」
「そ、そうでしたね。ありがとうございます、白鳥様」
「…?」
「あ、あの、白藤さん。お身体の調子は如何でしょうか」
「もう大丈夫。心配かけて申し訳ないわ」
「そ、それなら良かったです!」
白藤は聞かなかったが…正直「何故?」と考えていた。
復帰後、山吹と顔を合わせたのはこれが初ではない。定期報告会の時にも顔を合わせていた。
その疑問に対する答えは、山吹自身が述べてくれる。
「て、定期報告会の時にも伺いたかったのですが…忙しそうにされていましたので、なかなか」
「定期報告会は、普段会話が発生しない籠守との交流も兼ねているつもりだったけれど…貴方にそんな窮屈な思いをさせてしまうのならば、改善が必要ね」
「そ、そんなつもりでは!」
「話したいことが話せないというのは、重大な事なのよ。ありがとう、山吹。貴方のおかげで改善点を見つけられたわ」
「そ、それならば…よかったです」
「ええ。何かあったらすぐに教えてね。些細なことだって、貴重な意見であり、今後の業務をよりよくするために必要な事だから」
「は、はい!」
定期報告会は普段は交流しない籠守間で情報共有を行う場である。
そこで話したいことが話せないという状況。
忙しいから、今は…と後回しにする状況は望ましとは決して言えない。
今回は白藤の体調を心配する話だったが…鳥籠の存続に関わるような些細な異変だったら?
きっと、今回みたいに平和には終わらない。
年期問わずどんな些細な話でも話せる環境を、白藤は作らなければならない。
「よかったですね、山吹」
「はい。やっとお話しできました!」
「それはそうと、白藤さんに抱きついたままというのは…」
「そ、そうですね!失礼しました!」
山吹には話したいことが話せない環境の中で籠守をして貰っている訳ではないようだ。
同期である小豆を除けば、籠守以上に話が出来る存在というのが彼女の側にいる。
…まさか彼女だとは誰も思わないだろうけど。
「白鳥様」
「山吹からはお話を伺っていました。しばらく、体調不良で業務に支障が出ていたと…もう大丈夫なのでしょうか?」
「はい。もう万全な状態でございます。ご心配をおかけしてしまい…」
「いえいえ…体調不良は誰にでもあることですので。こうして快復されたお姿を見れて、嬉しいですよ」
「ありがとうございます」
真っ白な雪のような、純白の髪。
灰色の目に、陶器のような白い肌。それを彩る淡い紅。
天女がいるならば、彼女のような存在だろう。
誰しもがそう断言するほどの、絶世の美貌。
その笑みを投げかけられるだけで、白藤の中で心が傾きかける。
頭の中で鳩羽を思い描くことで、この効果を霧散させるが…なかなか難しい物だ。
これは彼女の恩寵。
万物に理想を魅せる権能———その権能にかかった存在は白鳥の事を何があろうとも肯定的に見る。
理想的な彼女に、心を傾けてしまう。
「そういえば、白鳥様と山吹はどちらへ?」
「鴉羽様のお部屋に本を借りに行こうかと…私、読書が好きなもので」
「法や歴史に関する書物以外にも、色々取り扱われているんですよ!」
「へぇ…白鳥様はどのような本を好まれるのですか?」
「みにくいあひるの子とか…」
「童話、でしょうか」
残念ながら白藤はそれを童話だと知るが、内容までは知らない。
先々代の白鳥が童話の一部に規制を出してしまったので、読む機会は非常に限られている。
勿論、名前が出た「みにくいあひるの子」もその一つ。
読める場所はそれこそ、規制された書物も隠されているであろう鴉羽の書庫ぐらいだろう。
白鳥もそれを見つけ出したらしい。
「はい。特に、あひるの子は、私の人生を見ているようで…何度も、読み返してしまうのです」
「…?」
「白鳥様、鴉羽様に頼まれて絵本を買い取るほど好まれているんですよ。後は灰かぶりとかも!」
「そうなの?…というか、買い取りできるのね」
「鴉羽様、いつも本を買い漁っているようなので、予算を酷使しているらしく…それの足しに。まあ、結構ぼったくられますが」
「なんだか申し訳ないわ…」
「でも、みにくいあひるの子のように絶版されているものも手に入れることができるのですよ。貴重な書物ですから、多少値が張るのは仕方が無いことです!」
「それなら、いいのだけど…ちゃんと適正価格で取引しているのかしら…撫子経由でちゃんと調査して貰わなければ…」
「へ、変な心労を抱えさせていませんよね…?」
「大丈夫。必要な事よ。気にしないで、山吹」
「必要なことだと言って、抱えすぎないようにしてくださいね…」
「勿論ですよ、白鳥様」
心配する二人とはそこで別れ、白藤は仕事に戻る。
それが、あの日…白藤と山吹、そして白鳥との間にあった話である。
◇◇
「———判定!」
「そっくり!流石僕の白藤!」
「そ、そうかしら…」
照れくさそうにしながらも、嬉しそうに笑う白藤。
その両隣で彼女を称える浅葱と鳩羽。
さて、この二人の特徴。一ヶ月前に金糸雀と三人で出かけた時にも述べたとおり。
現在も変わりがない。
「なんか姉様がいい顔の男達に囲まれて喜んでいるように見える!」
「事実浅葱も鳩羽様も男性に見間違う時がありますけど、体格が良いだけで女ですからね?」
「鳩羽は作り物だと分かっていても…なんだこの複雑な感じは…!姉様で遊ぶな!」
「落ち着いてください、鳩羽様。お馬さんが鴉羽様の声でびっくりしちゃいますよ」
キャビンから御者が見える位置に設置されている小窓から外を覗き込んでいた鴉羽が何故か暴れ出す。
撫子はなぜ自分が彼女を宥めているのだろうと思いながら、大きな子供の相手をし始めた。
でも、これはこれで自分の為になるとも…撫子は感じていた。
嫌な事を考えずに済むのだから。




