2:白藤と月白
さて、鴉羽と撫子…おまけの浅葱が出立準備を進める中。
鳩羽と白藤もまた、外出の準備を進めていた。
「…いいの、白梅」
「構わないよ。白藤。君も不安なんだろう?」
「ええ。まさかあの子が教育機関の創設に関わる事になるとは想定外だったから…」
「流石にあの鴉羽でも、自分が受けた教育が愚かなのはわかっているが…」
「知識にはあるけれど、実践の記憶が自分の過去しかないから…どうなるか考えるだけで不安で」
「同行する撫子と浅葱の新人コンビの仕事だから、二人の相談役として同行できる許可が貰えてよかったね」
「ええ」
今回、白藤は二人の監督役として同行が認められている。
鳥籠の業務は月白が快く引き受けてくれたのだが…。
◇◇
本格的に業務へ復帰した当日。白藤はある人物の元へ挨拶に向かっていた。
他の籠守にも心配をかけた詫びと復帰の連絡をする必要があったが…最初はこの人だと決めていた。
「あの、月白さん」
「どうしたの、白藤。快復した報告?」
朱鷺の部屋から出てくるところを待ち構えていたかつての上司。
現在の籠守の中で、十年以上———先代時代から籠守を続けている唯一の存在。
先代時代を知るとなると、新橋も対象ではあるが…籠守をしているのは彼女だけ。
先代籠守長であり、白藤の上司に相当する人物である。
「そ、そんなところです…」
「よかった。元気そうな貴方がまた見れて」
「あ、ありがとうございます」
本人には、他意はないのだろう。
さりげなく頬の横の髪束に手を伸ばし、指で梳いた後…頬を撫でる。
月白のいつもの癖に十年近く付き合いがあっても慣れることはないけれど、彼女なりの愛情表現であることは白藤も理解を示していた。
…ここ最近、鳩羽もよくするし。
「迷惑をかけている中、その…不躾ながら一件、お願いがございまして…」
「いいわよ?」
「まだ何も言っていません…」
「貴方のお願いに悪いものはないわ。貴方がしたいようにしなさい、白藤」
「で、でも…その、今度の鴉羽様の教育機関創設企画に同行したいというお願いなのですが…」
「いいわよ?」
「そんなにあっさり…不在の間は」
「これまで通り、私が貴方の代理で籠守長の業務もやるわよ?任せなさい、白藤」
「でもでも、月白さんだって…お忙しいのでは」
「貴方が我が儘を言うのは、初めてのことだもの」
「…」
「私は上司として、貴方がこうしたい。こうするべきだと考えた事を信じているわ」
「月白さん」
「それに、鴉羽様が貴方の妹だってことも把握している。心配なのでしょう?」
「…そんなところです」
「正直でよろしい。そんな貴方が鴉羽様に同行したいというのなら背中を押すし、貴方が不在の中、籠守長の代理が必要とならば手を尽くすまで。素直に甘えなさいな」
「…ありがとうございます、月白さん」
「いいのよ。貴方の同行は私から手配しておくわ」
「そんなこと、可能なのですか?」
「事情があってね。貴方を一行に加える程度、造作もないわ」
「でも、上層部に言うことを聞かせられるだなんて…恩寵を受けし者ぐらいしか」
「…「実績」があるせいよ」
月白は腹に手を当てながら、目を細める。
籠守長になった今、白藤は月白がどういう「実績」を残したかを把握している。
だからこそ、聞いておきたいことが一つ。
「…あの、月白さん」
「なにかしら」
「私が問うのも何なのですが…その、朱鷺様とは、上手くやれているのですか?」
「クソババア扱いをされているわ。仕方無いと思うしかないわね」
「でも…やっと会えたんですよね。こうして、側にいられているのですよね」
「ええ。でも、それでも…私があの子の母親だと証明する手段はどこにもないし、産んだ張本人だと知られても、酷く恨まれるだけよ。だから、こうして最期を最前線で看取れるだけで…十分なのよ」
話は、それで終わってしまう。
勿論、月白は上層部に「実績」を盾に白藤の同行を認めさせた。
朱鷺は特殊な恩寵を受けし者。
両親と母体という「守られるべき世界」の揺りかごで生きた記憶だけを持つ時代しか恩寵を賜れない存在。
だからこそ、朱鷺の母体も重宝されるとは聞いていたが…。
月白は当然なものとして受け入れている。
その権利も自分の手札として使いこなしている姿は、何度も見てきた。
…改めて、全てを知った上でこうして権利を行使している姿を見ると、白藤の心は酷く痛んだ。
今の月白は二十五歳。
現在十一歳である朱鷺を産んだのは、十四の時となるだろう。
一度も婚姻歴のない彼女に存在する一人娘。
とてもじゃないが、朱鷺になった少女は…白藤でも受けたことがない所業の中で生まれた望まれない子供だというのは、詳細を説明されていなくとも…察してしまえた。
◇◇
色々と、思うことはある。
それでも白藤がこうして同行できるのは、月白が手を回してくれたおかげだ。
彼女には感謝以外の言葉はない。
ただ、それだけでいい。
それ以上は…探る必要はない。
「二人のことは信じているからこそ…こうして使った感じになるのは申し訳ないけれど」
「構わないさ。二人だって優秀でも、籠守としては新人だ。籠守長を務める君が側にいてくれたら、二人も心強いだろうさ」
「そうだといいのだけど」
準備を終えた二人。
白藤は二人分の荷物が詰められたトランクを持ち、鳩羽と共に部屋を出る。
鳩羽は鳩羽で、出かける前にあるものを引き出しから持ち出した。
今の今まで渡せていなかった梅と藤の髪飾り。
今回の外出で渡せる機会を、伺うために。




