30:鴉羽への依頼
互いに身なりを整え、朝食を摂った後。
鳩羽と白藤は広間へと足を運んでいた。
そこで、椅子に腰掛けて誰か…というか、浅葱を待つ人物が目に入った。
「…あ」
「金糸雀じゃないか。おはよう」
「おはよう、鳩羽さん」
「珍しいね。飼い犬は?」
「浅葱は…呼出を受けまして」
「あちゃー」
自分が抱いた嫌な予感が的中した予感がしたのだろう。
だけど鳩羽から笑みは消えていなかった。
対して白藤は不安そうに鳩羽の上着の袖を掴み続ける。
「…白藤、さんよね?」
「ああ。金糸雀は初めて話すのかな」
「…あの、喋っても」
「命令形じゃなければ、ある程度は…」
「そ、そうなのですか…改めて、白藤と申します。鳩羽様の専属籠守を勤めさせていただいております」
「こんにちは。九年間共に過ごして、業務以外でお話しするのは初めてですね。改めて、金糸雀です。いつもお世話になっています」
「…お身体の方は?」
「浅葱が面倒を見てくれるおかげで、こうして杖をついていますが…出歩けるように」
「よかった」
「白藤さんも、ここ最近は体調が優れないと聞いていました。具合は大丈夫なのでしょうか?」
「ええ。もう大丈夫です。ご心配ありがとうございます」
「それならよかった」
金糸雀自身、白藤の事はあまり知らない。
実際に話したのは、次の籠守を決める面談の際———次期籠守長として初仕事をした際。
金糸雀自身も衰弱しきっていたので、まともな会話はできていなかった。
だから、彼女がどんな人物かは…金糸雀自身知らない。
だけど、あの浅葱が懐いている事実があれば十分なのだ。
露草然り、あーちゃんが懐いた人が———悪い存在である訳がないと、心の底から信じているから。
「ご用命がありましたら、いつでも仰ってください」
「ありがとう。でも、今は鳩羽さんとのお仕事を優先してください。私は、大丈夫ですから…」
「お気遣いありがとう、金糸雀。でも僕は君を一人にするのは凄く心配だよ…。任せられる籠守はいないのかな…撫子とか」
「その撫子と、鴉羽さんもお呼ばれされているそうで…」
「「…」」
「あ、安心してください。この後、浅葱が戻るまで翡翠さんと萌黄さんと一緒にいることになっていますから」
「萌黄なら大丈夫そうですね。頼りになる籠守ですから」
「でも…それまでの間、一人で…」
昨日は疲弊して帰還した。まだまだ体調は万全ではない。
鳩羽自身、白藤の次に心配でたまらない存在だ。
白藤も、彼女を一人にしたくないと考え…鳩羽を一瞥する。
昨日の撫子のような頼める存在がいて欲しい。しかし、まだ萌黄が来る様子はない。
白藤が「時間はまだあるし、私達が———」と、口を開こうとした瞬間、遮るように声をかけてくる存在が現れた。
「———なら、私が面倒見ましょうか?白藤籠守長殿?」
「…東雲」
鳩羽も白藤も、今一番会いたくなかった相手。
こういう公の場だから、下手な事はしないと分かっていても…無意識に、身構えてしまう。
「あれ、なんで白藤にまで警戒されて…」
「…そんなことは」
「いや、露骨でしょ…まあ良いけど」
「それよりも、瑠璃様は?一人にして平気なの?」
「もう少しで起きてきますよ。私、ここに座るスペースを作りに来ただけなので」
東雲が抱えていたのは、職人に依頼して作って貰った特注の椅子。
腰に負担がかからないように設計された椅子。
足を快適に伸ばせるように台が付属しているそれを毎日室内から広間に持ち運ぶのは至極大変だが…東雲は文句一つ言ったことがない。
何もかも、瑠璃に必要なことだからだ。
「ああ、日光浴…」
「ええ」
「変わった椅子ね」
「あの人、腰も悪いから。特製の腰に負担がかからない椅子なんだよね」
「…」
「なんで白藤まで腰抑えてんの?痛めた?」
「す、少しね…」
黙々と椅子を組み立てて、定位置らしき場所に設置する。
起き終わるのに、そこまで時間はかかっていない。
彼女からしたら、これは毎日のこと。
もう、時間をかけずに組み立てられる。
「これから瑠璃様の日光浴があるので…それまでの間は金糸雀様の相手もいたしますよ。せっかくです。金糸雀様もどうですか?」
「じゃあ、翡翠さん達が来るまで…瑠璃さんともお喋りしたいですし」
「本人も喜びますよ。是非相手してやってください」
鳩羽と白藤の心配を横に、金糸雀と東雲は話を進めてしまう。
金糸雀は知らない。東雲がどんな存在であるか。
鳩羽と白藤は事実を知っていても、それを告げることは出来やしない。
「じゃあ、東雲。頼んだからね」
「任せてくださいよ、白藤」
下手な事はしないだろうと信じて、金糸雀を東雲に預け…白藤と鳩羽は今日の予定をこなす前に、地下へ向かう。
そこから繋がる、色鳥社の本部に。
浅葱と撫子、そして鴉羽が呼ばれたであろう場所へ。
◇◇
「鴉羽様、本日お呼びしたのは…」
「昨日の処刑の件だろう。なんだ、不服か。杜若」
「いえ、処刑の件は何も」
「…マジか」
「貴方は色鳥様の恩寵を受けし者として、権利を行使されたまで。貴方を貶す者は色鳥様を貶すと同義である事を示されただけではないですか」
鴉羽を呼びつけられる程の存在は、ただ一人。
彼女と共に働き、支える役を担った杜若。
彼ほどの腹心から呼出を貰ってしまえば、鴉羽も無下には出来ない。
「それなら、お前は何を僕に?浅葱と撫子まで巻き込んで…」
「彼女は、君の籠守と同期だと伺っている。この話を進める以上、彼女の存在は必要だと感じたまで。同行することに関し、許可も得ています。その間を担う人材もまた、制定済です」
「…そこまでして、僕に何をさせたい?」
「鴉羽様に、主導していただきたい企画がございます」
「面倒くさい。却下」
「…そうは言わないでください。話だけでも」
「ぐぬぅ…泣きつくな杜若。お前のその泣き芸はいつになったら治るんだ」
「一生治りません。戦略として身につけましたので」
「急にスンとするな!」
恩寵を受けし者は十人。
それぞれに、それぞれの時間が存在する。
鴉羽の穏やかな時間が、ブレる瞬間も———訪れるのだ。




