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鳥籠と籠守  作者: 鳥路
第二章:鳩は随伴の帰郷を願う
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28:今だけでも、満たされたなら

水が跳ねる音が響く。

白藤は僕の身に寄り添い、静かに満ちる瞬間を待っていた。


「ね、白藤」

「なあに、白梅」

「君は、本当にいいのかい?」

「大丈夫よ。その代わり…」

「…?」

「ぜぜぜぜぜ絶対離さないでいてよ…!」

「離さないし、頭も抑えつけないよー…」


湯船に広がる、身を委ねたくなる温もり。

僕の素肌に身を寄せる、これまた身を委ねたくなる温もり。

水より分かる、人の柔肌。

ほのかな熱は、お湯の前では通じない。

それでも…そちらの方に感覚を傾けて…意地でも感じ取ろうとする。

無謀だとわかっている。

それでも、それでも…。


「…白梅。お湯、溜まってるわ。もう流石にいいわよね?」

「あ、ああ…すまないね。止めてくれる?」

「ええ。それぐらい」


白藤が身を乗り出し、蛇口を締めようとするが…微妙に届かない。

その距離を縮めるために、僕に乗り上げ…蛇口へ手を伸ばした。

太ももにくすぐったい感覚があった。

胸元には、自分の物ではない柔らかなものが押しつけられる。

…こんなことを考えていると、気持ち悪がられるな。


「…白梅、止めたわよ」

「ありがとう、白藤」

「…」

「どうしたんだい?支えるから、しっかり肩まで…」

「そうじゃなくて…あの、ここまで明るい場所で、顔を近づけたのは…初めてだと思って」

「…例のあの晩は、明かりをつけなかったのかい?」

「…つけないわよ。私だって、余裕皆無だったんだから」


事の始まりである、例の夜。

酔って千鳥足になって鳥籠に帰れなくなった僕を思って外泊を行った日。

僕の寝言を利用して、命令をさせることに成功した彼女は———。


「本当に、最後まで」

「…するわけないじゃない。だって、あの時から貴方、寝言で私の事が大事だって言っていたのよ。意味分からなすぎて、折れちゃったわよ…」


なんと。誘導された寝言で生じた事象は、寝言で首の皮が繋がってたらしい。

最後までは、致していなかったのか…。


「白梅が、私の事を大事に思ってくれることは重々理解したわ。それを受け入れる準備も…出来たと思う」

「うん」

「貴方が本当に望むなら、あの夜の続きだって…」

「タイミングを、見計らってなら」


今すぐには突然だから、できるだけ避けたい。

だけど、意志だけは明確に。

そう思って、答えを口にしたと同時に…頬に何かが触れる。

白藤の髪?それにしては柔らかい。

頬にしては、薄いそれは———間違いなく、唇。

頬に触れた熱の籠もった溜息で、それが何なのか、僕の中でもはっきりと理解できた。


「…言質、とったから」

「…キスした?」

「…嫌だった?」

「嫌じゃない。だけど、びっくりした」

「予告したら、していいの?」

「…君が、したい時に。ああ、でも、人目は」

「気にするわ。流石に、他の籠守に見られるなんて真似は…できないもの」

「その時は、僕が命令したとか…」

「貴方の信用が失墜するかもよ」

「構わないよ。君の品位が保たれるのであれば、僕の信用なんていくらでも落としていい」

「そこまでは言わなくていいの」


頬に手を添えるかと思いきや、その手は肩に。

期待していた頬には、白藤自身の頬が添えられる。


「…白藤?」

「貴方が私を大事だって言ってくれるように、私だって…貴方が大事なのよ?」

「ん」

「だから、その…何かを犠牲にする真似といいますか…」

「うん」

「私以外に、対価を差し出す真似は…嫌」

「もう絶対に白藤以外に自分の何かを売らない。ただし状況は考慮するとする」


あまりにも可愛いお願いに、即断で返答をしてしまう。

白藤のお願い。白藤の頼み。聞かないわけにはいかない。


「…状況って?」

「朱鷺や椋関係で浅葱が暴れてくれる可能性は残されているからね。犠牲を最小限に抑えるためには、金糸雀辺りにはまだ恩を売っておいた方がいい。彼女は浅葱自身にも特効がある上、権能に有用性があるからね」

「…すぐに鳩羽モードになる」

「すまないね。こういう仕事柄なもので…」

「…今は、白梅ね」

「頑張ります…」


頬を離し、今度は僕の膝の上に腰掛けるようにして…体勢を整えた。

湯船から肩を出した白藤は、僕を軽く見下ろし…両頬へ手を伸ばした。


「…寒くない?」

「十分温まったわ」

「じゃあ、上がる?」

「これが終わったら上がる」

「…何か、ご所望で?」

「ん」


指先が親指をなぞる。

白藤がお望みのものを差し出さない限り、僕はここで茹でられるのを待つのみ。


「ね、白藤」

「なあに?」

「一年経過して、帰郷する直前に…僕はもう一度、君の意志を聞こうと思う」

「私の意志は、変わらないわよ?貴方無しだと…」

「だとしても、この一年で…君に「残って守るべきもの」が出来たら、そうと言えないだろう?」

「…そんな男女じゃ無いんだし、子供を残すなんて真似は出来ないでしょう?」

「そんなことわかっているよ…それ以外でもいいだろう?なにも残すのは、血筋とかそういうものじゃなくたっていい。君が残って守りたいと思ったものが出来るかもしれない」

「…その時は、私を残して逝く気なのね」

「ああ。でも、一年後も状況が変わらなければ———僕は誓ったとおり、君を連れて行く為に最大限を尽くす。約束通り遺書は残すし、君の死も見届ける」

「うん。約束よ…白梅。どうか私を、連れて行ってね」

「約束だよ、白藤。できる限り最良の未来を掴めるように頑張るけれど、もしもの時…いいや、それ以外でも将来かけて僕のそばにいてくれ」


僕が目を閉じて、白藤を待つと…彼女は両頬に手を添えたまま、顔を近づけた。

互いに息が当たる距離。躊躇うように迷う呼吸音と、温もりを顔に受けてしばらく。

———狙ったところに、白藤の唇が重ねられた。


頬の時よりも、それの薄い感覚がよく伝わる。

彼女から漏れ出た息も、零れる唾液の熱でさえも…舌の動きでさえも。

何度も啄むように、唇を重ねて…離れるのを拒むように、口内で距離を詰めてくる。

目を閉じている分、よく伝わってくる。


「あ…」

「…んっ」


呼吸が止まったかと思うほどに繰り返されたそれに、白藤も疲労を覚えたのだろう。

名残惜しそうに離されたと同時に、僕は目を開いた。

唇に手を当てて…潤んだ瞳に僕を映し続ける。

恍惚とした笑み。今まで見たことがない、色気を纏ったその姿から、目を離せない。


それに、この籠もった熱のやりどころに困る。

何かを期待するように、腰が浮く。

どうしたらいい。一人で発散させる気か。

…どうする、白藤。


「…まるで、プロポーズみたいだったわ」

「…一生を誓い合うんだ。同じようなものだよ」

「ね、白梅」

「なあに?」

「…あの夜の続き、したい」

「…君が望むなら」

「タイミングは?」

「———君の、調子次第。おいで、白藤」

「ええ」


あくまで彼女が誘った体で、手を伸ばし…今度は僕から。

水をせき止めていた栓を抜き、お湯を下水道へ。

それを合図に、白藤は僕に体重をかけ、続きを強行する。

彼女の理性をせき止めるものも———そこにはもう、存在しない。

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