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鳥籠と籠守  作者: 鳥路
第二章:鳩は随伴の帰郷を願う
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27:浅瀬から、深みに

雨のようにシャワーを降らせる。

土砂降りではない。小雨程度。

それでも、髪を湿らせるのには十分。


「…凄く、水の量が少ないけれど」

「大丈夫。これぐらいで十分さ」

「…貴方が子供の時は、こうして水浴びをしていたの?」

「うん。未踏地まで続く川のあるポイントに、凄く浅瀬の場所があってね。山奥で誰も来ないから、匂いを落とす必要があるときは、いつもそこで水浴びをしていたよ」

「そうなの…廃村地区のことは全然知らないから、聞いているだけで新鮮。もっと聞かせて」

「犯罪横行日常茶飯事…」

「…なのは知っているけれど、そこでの生活よ。気を逸らすためにも、ね?」


小刻みに震えている白藤の笑みは、少しだけ強ばっていた。

やはり、怖い物は怖いらしい。

それもそうだ。風呂に水を張って、そこへ押しつけられたと…死なない程度まで、息ができなくしたと…奴らは言っていた。

水も、怖い。

何が怖いかすらわからない。

きっと彼女は過去の全てを、その原因も含めて恐れているのだろう。

その恐れを、笑い話で逸らすことが出来たのならば———。


「わかったよ。じゃあ、まずは東雲の話でもしようか」

「他の女の話は抜きにして貰えるかしら」

「白藤、目が怖いよ。やめるから。その目やめよ?」

「…ん」


「どうしてダメなの?」

「…あまり貴方から他の人の話を聞きたくないだけよ」

「じゃあ、僕が情報屋時代によく通っていた酒場を経営していた「名無しのおじさん」の話でも」

「それは聞きたいわ」

「おじさんならいいのかい?」

「…恋敵と思われる存在の話を聞きたくないに訂正しておくわ」

「東雲には現在進行形で殺意を向けられている話をしたばかりじゃないか〜!」


「それでもよ…あ」

「…何?」

「東雲相手に何をしたの?その詳細が聞きたいわ」

「えぇ…」

「話してくれたら、東雲と顔を合わせないように取り計らうことぐらい容易なほうよ。東雲は瑠璃様の専属だから、タイムスケジュールも把握しやすいしね」

「瑠璃のスケジュールが把握しやすいって?」

「話してくれたら、教えてあげる」

「仕方無いなぁ…」


ふんだんに泡だったスポンジを手に、互いの肌にそれを擦りあいながら雑談を続ける。


「莫大な報酬と共に現れた依頼人が、東雲を嵌めて欲しいと僕に頼んできたんだ。僕も報酬が弾んだし、その相手の身元が保証されているものだから、嬉々として引き受けて…」

「思いっきり嵌めたと」

「そういうこと〜。おかげで僕は東雲に酷く恨まれていてね。殺意を向けられている」

「妥当ね…」

「でも、今はそこまで向けられていないよ。ただ、下手な動きだけはできないね」

「どうして?」

「まず、僕の依頼人の名前は杜若かきつばただ。東雲…彼の奥さんを依頼で殺しちゃっているようでね。その報復とのことだ」

「…っ。色鳥社の重鎮じゃない!それに…その名前って」


白藤は「その名前がどんな存在か」知っている。

杜若は色鳥社の司法官の一人。鳥籠運営の上層部に属している存在だ。

鴉羽の腹心として仕える彼には、三人の娘がいる。

長女の葡萄茶えびちゃ、次女の照柿てりがき…そして、病弱で表に出てこれないとされている蜜柑みかん

葡萄茶と照柿は父と同じく司法官として働いているが、蜜柑に関しては何も話が出てこない。

十五歳…世間的な成人を迎えているはずなのだが、彼女は隠居したままと思われていた。


「白藤は、彼の娘達が今何をしているか把握しきっているね?」

「…まあね。照柿は研修職員時代の同期だし。蜜柑様の噂も」

「へぇ…同級生は呼び捨てなのに、妹は様付け」

「…」

「知っているんだろう。瑠璃の正体。杜若のところの三女だって」

「…ええ、知っていたわ。まさか貴方が下手に動けないのは」

「瑠璃を人質に取られた。結構ヤバい」

「それは流石に想定外だったわ…」


「白藤、東雲が廃村地区で殺し屋をしていたのは?」

「本人の申告で。その時に、本来の東雲…研修職員をしていた東雲が廃村地区の調査時に亡くなった事も判明したのよ。でも、瑠璃様のハードスケジュールを暗記できるのは東雲ぐらいなのよ。本人も鳥籠を出ない理由を公にしているし、自分の事を上層部に伝えなければ瑠璃様にも危害は加えないし、職務は全うすると…」

「大方、逃げたくない理由があるんだろうね」


鳥籠は外部からの干渉がないに等しい。

大方、十年経過したら時効とかで罪に問われなくなる案件があるのだろう。

…こういう考えはわかりやすいな、東雲。


「なるほどねぇ…。どうして東雲かと思ったけど、死体を見つけて、名前を奪っていたか」

「…奪った?」

「東雲は東雲になる前にもいくつか名前を持っていてね。場所を変える度に名前も替えていた。主に死体から名前を奪っていたんだろうね。ここは気がつかなかったよ」

「顔はどうだったの?最近は理想の形状に整えることが出来ると聞いたことがあるわ」

「流石に整形技術は一部の富裕層向けだよ。東雲の顔は変わっていない。廃村地区の闇医者でも豊胸が関の山かな…」


東雲が東雲さんと入れ替わってもバレなかったのは、東雲さん自身の影が薄かったのか。

それとも、そっくりさんだったのかは…今はもう、定かではない。

それを確かめる術は、残っていないのだから。


「…ところで、胸も大きく出来るのね」

「特殊な化学物質を注射で入れ込むと聞いた。今はよくても、将来のことを考えたら、メンテ費用とか…最悪摘出代とかで痛い目を見るのではないかい?」

「確かに…」

「白藤は既に立派なものを持っているのだから、そういうのは必要ないよ」

「貴方ほどでは無いわ」

「あって得するものではないことを先に言っておくよ。君は本当に胸にこだわるね…どうしてだい?」

「だって、胸が大きい方が…」

「ほうが?」

「…抱きつかれがいが、あると思うの」

「誰かから抱きつかれたいの!?」

「貴方が、寝ぼけていた時に…私の胸によく顔を埋めては、不満げに口を尖らせていたから。大きい方がいいのかなと」

「それがいいからそのままで!」

「わかったわ」


洗う過程で、愁いの象徴にも軽く触れる。

形にとやかく言うほどみてきたわけではないけれど、理想的な比率があるならば…きっと白藤の持つ身体のバランスこそ黄金。

ちょっと良いご飯を食べて肥えた自らの身が恥ずかしく思えるほどに、白藤の肢体は美しかった。


「…あのさ、白藤」

「何かしら」

「…僕、定期的に寝ぼけてとんでもないことを言っているような気がするのだけど、そこのところは」

「寝言も含め、寝ている時の貴方は結構好き放題で酷いわよ」

「げぇ…」

「そこを、あの時は利用してしまったのだけど…応答もできるのだから、凄まじいわよね」

「応答までするのぉ…」

「それから…あの時の、その…泊まりがけのあれのことなんだけど」

「あの時は本当に…」

「ただ、服を脱いで添い寝してただけだから…私はワイシャツ着てたけど…」

「さ、左様ですか…」

「その時から、寝言で凄いことを言っていたわよ…」

「な、何を」

「内緒。ただ、私に暴力をふるいたいとか、性的なことをしたいとか…そういうのじゃないことは断言しておくわ」

「教えてくれてもいいじゃないか。こうして裸の付き合いをしている訳だし!」

「それはそれ、これはこれ…よっ」

「あうっ…」


今度は髪をもみくちゃにされて、会話を中断される。

これ以上のことは聞き出せないらしい。

…情報屋としては、不甲斐ないね。


「加減は如何?」

「気持ちが良いねぇ…」


指の腹が頭皮をなぞり、心地よさを演出する。

泡立つそれに眠気を軽く…む?

なぜ、眠気を…?


「東雲の件は、貴方自身に手を出す理由は今のところないのだから…気にせず過ごすべきよ」

「ん〜」

「それでも気にするなら、瑠璃様の服薬スケジュールを手に入れるから」

「…瑠璃、何か病気なの?」

「大病ではないけれど、喘息とか…他にも色々と持病があるわ。恩寵を受けし者になる前は寝たきりだったとも」

「へぇ…」

「自分が元気になれたのは、色鳥様のおかげ…らしいのだけど」

「あれにそんな力はないと思うけどね」

「そんなこと言ってもいいの?」

「恩寵を受けし者の特権としてねぇ…そもそも世界を作った神なんだから、大雑把に作ることと消すことしかできないでしょうよ…」

「病気は作れるけど、その病気だけを治すことは出来なくて…」

「その病気だけを治す薬は作れないけれど、何らかの薬は作れる…みたいなね」

「そうね。なんだか、正解な気がするわ」


シャワーで頭の泡を流されて、白藤にも同じように。

これで一通り身体を洗い終えた後、白藤が僕にもたれかかり、胸元に顔を埋めながら一言…願ってくれる。


「白梅」

「なあに?」

「水、溜めてみて」

「いいの?」

「…その代わり、離さないでいてよ」

「勿論だとも」


蛇口を開き、浴槽に水を溜めていく。

浅瀬に深く、水が行き渡る。

僕にしがみついた白藤を支えるように腰へ手を当て、互いの肩までお湯が溜まるまで待ち続けた。


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