25:鳩は随伴の帰郷を願う
「…でも、側にいて欲しいとは言うけれど、貴方」
「?」
「…後一年足らずで帰郷すること、分かって言っているの?死ぬのよ?」
白藤の正論に、鳩羽は苦い顔を浮かべるほか無かった。
「ん〜!」
「もー…こんなところにまで貴方の問題を先送りにする癖が出ているのね。悪癖だから直した方がいいわよ」
「…その点においては、逃亡を果たそうかと思っているんだ。権能あるし、逃げられるよ」
「色鳥様の前で権能が通じていれば、歴代の鳩羽も死んではいないでしょうね」
「ぐぅ…」
正論に正論を重ねられ、ぐうの音しか出てこない。
本当にぐうぐう言うものだから、白藤もついつい笑いが零れてしまう。
「貴方のその存在感を消す権能、本当にどこにいるか分からなくなるわけだけど、帰郷では鳩羽は皆、帰郷の儀を迎えているわ」
「大人しく帰郷を果たしたか、抵抗して殺されたかの二択だけど…」
「歴代の鳩羽も貴方もやけに現実的だから、大人しく帰郷を果たしたのでしょうね。貴方もそうすると思っているわ」
「…そんな想像をしないでおくれ白藤。僕の死体を見たいのかい?」
「見たくないわよ。貴方ね、死んでしまった後の事、考えているの?」
「それは…」
「私、取り残されるのよ?私を認めてくれた貴方がいない世界でどう生きろって言うのよ」
「…」
「その辺り何も考えてなかったわね!これだから鳩羽は!無責任!女たらし!ろくでなし!」
「そ、そこまで言うことはないじゃないか…!」
全然痛くないけれど、ぽかぽかと胸を叩かれる。
こういう時間も幸せだなぁ…と、鳩羽が感じた瞬間、重い一撃が繰り出されるのは…やめて欲しいと思うが。
「…私が好きだって言うなら、最後まで責任取ってよ」
「…白藤」
「私だって貴方の事が大好きだもの。失いたく無いもの。でも、貴方は恩寵を受けし者じゃない」
「…」
「一年後には死んじゃっている存在じゃない。じゃあ次の鳩羽を愛しろって言うの?」
「それはダメ」
「ダメでしょう?私は貴方が好きなのよ?貴方に側にいて欲しいのよ?今の鳩羽になってしまった、貴方の側にいたいの」
「…僕、愛されてるなぁ」
「どうしたらいいのよ…せっかく、この人ならって思える人に会えたのに。すぐにいなくなるって気がついて…」
「…僕もどうしたらいいか分からない。帰郷は避けられない。君とこれからを生きるのは、難しいだろう」
「…」
「この一年で、君が僕無しでも生きられるようにするのは…難しいだろうね」
「…そうね。貴方無しじゃ、ダメだから」
鳩羽の中に、いくつか今後のプランというものは存在している。
もしも自分の気持ちを白藤に伝えることがなくとも、彼女の為に出来ることは最大限遺していくつもりだった。
だけど今、その未来はない。
鳩羽にとって理想的な未来が目の前にある。
白藤に特別だと告げられた未来がある。
白藤が自分を好きだと言ってくれ、側にいたいと言ってくれる未来がある。
だからこそ、理想として思い描き、もっとも危険だと自分でも感じていたプランを提示することができる。
自分と共に在ることを望んでくれる「理想的な未来」を手に入れることが出来たなら———。
「僕と一緒に逝こうか、白藤。これなら僕らがずっと一緒にいられる方法を作れる」
「…へ」
「…分かっている。これが十分、狂った提案であることぐらい」
「そうね。びっくりしたわ。だけど、それが一番現実的ね。私は貴方の帰郷のタイミングで自殺して…」
「僕は君の遺体を、自分の棺桶に入れるように遺書を遺す。そうしたら僕らは一緒にいられる」
「…とんでもないことを考えたわね」
「…まあね」
「とっさに思いつくことじゃないわ。ずっと考えていたわね?」
「図星だよ…」
「どれだけ私の事が好きなの…?」
「さあ、何年前からだろう…」
「年単位」
「白藤だって、僕の事が特別だったんだろう?いつから?」
「…自覚したのはついさっきよ」
「鈍感…」
「ううううううううるさい!」
真っ当に愛情を受けていない彼女が、特別を自覚するのはとても難しいことだっただろう。
鳩羽はそれを理解している。
だからこそ、気付いて貰ったことが嬉しい。
「白藤、一度しか言わないからよく聞いてね」
「…?ええ、わかったわ」
「…僕の名前は白梅」
「それ、恩寵を受けし者になる前の…」
「そう。本名だよ。父親は人柱になって死んで、母親は泥棒に殺された廃村区画出身の孤児」
「…うん」
「この姿になる前は、白い髪に…うっすらと黄色い差し色があったんだよ」
「白梅らしいわね」
「鳩羽になってからは…この名前は、自分にとって特別な存在になる人にだけ伝えようと思っていた」
「そうなの?」
「うん。でも、金糸雀には喋っちゃった」
「どうして?」
「あの子の権能の使い方をレクチャーする必要があったから」
「…金糸雀様の権能は、何でも命令を聞かせることができるものよね」
「ああ。物質に使えば、その物質の法則をねじ曲げることすら出来る。この壁崩れろ〜とかしたら壊れるんだけど…正式名称を知らなければ、彼女の権能は通用しない」
「…人名も、そうなの?」
「そういうこと。おかげで彼女は椋を行動不能に陥らせ、浅葱を無事に連れ帰ってきた。十分な働きをしてくれたよ」
「本当、どこまで貴方の手の上で動いているのよ…」
「手の上で転がせるよう、必死に立ち回っているだけだよ…」
白藤の髪に自分の顔を埋める。今日も優しいシャンプーの…とは言い難い、何か不思議な香りがした。
香水の香りではない。整髪剤の匂いでもない。
だけど鳩羽はこの匂いをかつて嗅いだことがある。
鳩羽になる前、白梅の時代。
つまりは、そういうことである。
流石の鳩羽でも、特別であろうが好きな存在であろうが…過去の自分と似たような匂いがあるのは…無理だった。
「ねえ、白藤」
「何かしら」
「…君、ちゃんとお風呂に入っている?」
「…あのね、鳩羽」
「うん」
「私、過去の事があってからちゃんと湯船に浸かれなくて…なんならシャワーを浴びるのも結構きついわ…」
「そういうの早く言おうよ!」
「一応香水で誤魔化してはいるけれど…白梅は不潔な女は嫌かしら」
「僕は過去の経験からして仕方無いと受け入れるし、嫌ではないけれど、他の籠守に「白藤臭くね?」とか言われていることの方が嫌だよ!」
「その辺り、考えてなかったわね。小豆とか新橋に聞いても…」
「なんでその二人なんだい」
「お隣同士だからよ」
「あ、そっか…」
ちなみに、鳩羽の部屋を起点として、時計回りに進んだ先に椋の部屋と地下の入口がある。
地下の入口からこれまた時計回りに朱鷺、翡翠、金糸雀、瑠璃、花鶏の部屋が存在する。
花鶏の部屋の隣には、外に繋がる入口があり…そこから鴉羽、白鳥、雀…となっている。
籠守同士、部屋から出るタイミングで偶然遭遇するタイミングは多々存在する。
それ故に、隣接した部屋に配属された籠守達はよく交流を果たしている。
白藤が新橋と小豆と交流が多いのも、それが理由だ。
「それで、二人は」
「新橋は「常に油臭い上に汗臭い環境に身を置いていたからよく分からない」小豆は「体臭には個人差がある上に、匂いの感じ方は人それぞれだから一概には言えないけれど、白藤さんの匂いは気にする程度では無いわ!」と」
「今度から僕か、僕がダメなら山吹に聞いてくれ!あの子は感性が一番普通だから!」
「そう?わかったわ」
「とりあえず、お風呂に入ろう白藤。僕が一緒に入るから…」
「いいの?」
「いいんだよそれぐらい。君の為に出来ることをしたいんだ。どうかさせて欲しい」
「…ありがと、白梅」
照れくさそうにお礼を告げた後、互いに着替えを確保して…室内に備え付けられた浴室へ向かう。
白藤は誰かと共に入ることで不安が軽減すると考え、安堵しきった笑みを浮かべているが…。
対して白梅は「とんでもない提案をしてしまった」と頭を抱えていた。
勿論、二重の意味で…だ。




