24:僕の特別な女の子
「変な人だとは、昔から思っていたけれど」
「僕は元より廃村地区の出身だ。ここに来るまでもそこで暮らしていた。まともな教育は受けていないよ」
「じゃあ、所作…」
「あれは見様見真似さ。記憶力には自信があるし、良いところの人達と関わる機会はごまんとあったからね。どうにかこうにかやってきただけだよ」
「…廃村地区で、どうやって生きてきたの?」
「情報屋を営んでいた。殺しも色売りも性分に合わなくてね」
「…プライド高めとか言われない?」
「東雲からはよく言われたなぁ」
「仲が良いと思ってはいたけど…昔からの知り合いだったのね」
「仕事仲間だよ。向こうは見合う報酬を支払えば何でもするから、あまり近づかないようにね?」
「…そうね」
東雲がここに来てから、時折会話をしている姿を白藤は見ていた。
鳩羽も他の恩寵を受けし者や籠守の前とは異なる空気を出していた。
気を緩めていたし、口調も少し荒かった。
———世間話が出来るような仲が出来たのね。
白藤は、素直に喜べなかったことを覚えている。
危機感を覚えたからだ。
次、もしも配置の変更があれば、自分は鳩羽に選ばれないかもしれないと…思ったから。
その考えは今でこそ杞憂で終わったが、それでも過去の白藤がそれで愁いを感じていたのは事実である。
「どうして、こんなことに答えてくれるの?」
「君の過去を知ったから。僕の過去を知りたいのに隠すのは不平等だろう?」
「…そんなことはないと思うけど」
「君が望むなら、僕の本名を出してもいい」
「そんなもの…」
「そんなもの?」
「恩寵を受けし者の過去を探るのは、本当はいけない事なのよ。本名なんて、尚更…処罰対象よ」
「おや、それなら浅葱も君も処罰されてしまうね」
「わ、私は心当たりがあるけれど…浅葱まで」
「椋」
「…どうして、今ここで?」
「椋は浅葱と双子の関係にある。君と鴉羽とは「身内同士」という点で同じだね」
「…世間は狭いわね」
「本当だよ…」
この流れで明かせるのはここまで。
後は金糸雀が浅葱の友人だとバラすことも出来る。
確実に掴めている金糸雀、椋、鴉羽。
憶測込みであるなら、あと四人は確実に以前の情報を暴くことはできる。
新橋の情報から朱鷺を、今日の外出で浅葱から聞いた情報から翡翠の情報は既に掴める範囲に来ている。
そして、色鳥社の重鎮を担う娘が二人ほど恩寵を受けし者になった噂も鳩羽の耳には届いている。
籠守が定期的に集うように、恩寵を受けし者も定期的に食事を共にする機会がある。
そこで見た振る舞いからして…雀と瑠璃がその娘達に該当することも予想している。
白鳥も立ち振る舞いは常に「好印象」であり、その娘に該当する可能性を以前は持っていた。
何度も繰り返される食事会の度に細部を観察し続けて…どうも雀や瑠璃のように「自然さ」がないことに気がついた。
自分がそうなのだ。
出来る人間の見様見真似をしようとして、参考に出来る存在を探し続ける目線もまた…鳩羽に留まっている。
瑠璃も似たような感じではあるが、瑠璃には不安が滲んでいるだけで…所作自体は誰かを真似るようなことはなく、教えられた記憶を探りながら振る舞う姿が見られた。
彼女はそういう教育を受けられる存在だ。候補の中に残ったのは、それが理由だ。
「…貴方、どこまで掴んでいるの?」
「白鳥以外は全員射程内だ」
「…優秀なのね」
「情報屋で食ってきたんだよ?これぐらいはね」
「…元より私に釣り合わない人だったのね」
「ちゃんとしないと殺されていたんだ。頑張っちゃうに決まっているだろう?」
「…」
「優秀にならなければ、優秀な人材として今にやってこられなかった。君と同じだよ」
「…違うじゃない」
月白が鳩羽を使うのは、純粋に白藤の負担を減らす鳩羽を受け入れているだけじゃない。
情報屋としての動きを危険視しているのだ。
彼女は九年かけて白鳥以外の恩寵を受けし者達———その過去を暴ききった。
歴代の鳩羽もその存在感と好奇心を利用し、恩寵を受けし者の過去を一人程度は暴いたが、それまでなのだ。
記録上、八人分暴いたのは鳩羽だけとなる。
…最も、彼女の腕前なら残り一年で白鳥も暴ききることは出来るだろう。
ここまで時間をかけても情報を掴めていない白鳥こそ末恐ろしい存在ではあるが、裏を返せば一般人過ぎて何の情報も無い可能性が非常に高い。
それに加え、白鳥の権能。
鳩羽は髪色程度だが———彼女は外見が変貌しているのだ。過去の面影は一切無い。
だからこそ、探りにくい。
「私は出来損ないだもの。貴方みたいな人の側にいられるような人材じゃない」
「僕が側にいて欲しいから、選び続けたとしても?」
「…消去法でしょう?」
「そんなことはないよ」
「知り合いなら、東雲を選んだら良かったじゃない」
「やだよ殺されそうだし。ちゃんと眠れなくなるって」
「…貴方、東雲相手に何をしたの?」
「彼女が東雲になる前、仕事で嵌めて東雲にならざるを得なくした。今も恨まれている。東雲の素性は知っているだろう?」
「そうね。やんごとなき存在にも依頼をされるだなんて、なかなかなのね」
「お褒めにあずかり光栄さ」
「…それなら、なんで私を選び続けたの?月白さんでも、浅葱でもよかったじゃない」
「君が一番側にいて欲しい存在だから」
「…出来損ないを見て、自分は優秀だと安心したかった?」
「君は優秀な子だよ。頑張りすぎて不安になるぐらいにね」
「失態を見せても、貴方はそう言えるの?」
「言える。僕は君になら何をされてもいい。殺したいというのならそうするといい」
隣に腰掛ける白藤に向き合うのも、言葉をかけるのも簡単だ。
だけどそれら全てが白藤には届かない。
ならば、全てを以て示すしかない。
鳩羽にとって、白藤がどういう存在なのか。
「殺すって…」
「君がそうしたいのなら、僕は受け入れるまでだよ」
「そこまでする価値はないでしょう!?私相手よ!?命令で使い潰しても、許される存在よ…?」
「君だからだよ、白藤。僕は君になら何を賭けてもいい。命も、尊厳も、時間もすべて。君が欲しがるのであれば捧げよう」
「そこまでする価値は、私にはないでしょう…?」
「何度でも言うよ。僕にとって最も大事な存在は君だ。どんなことがあっても手放さないし、代償を払わなければいけないのであれば払ってでも君を側に置く」
「…なんで」
「君が一番大事だから。失いたくない存在だから」
「そんな真っ正面から言わないでよ…」
「そうしないと君には伝わらないからね」
「…」
いくら言葉を重ねても、白藤には届かない。
それでも言葉を重ねるのは、いつか伝わると鳩羽自身が信じているから。
「君が価値を欲するなら、命令で楽になれるのであれば…これを命令として聞いて欲しい」
「…何を、聞いたら良い?」
「君自身の価値を否定しないで欲しい。自らを貶めないで欲しい」
「…難しい命令ね」
「———そして、僕が伝える君の価値を否定しないで欲しい。僕にとって、君は特別な存在だ。何よりも代えがたい存在」
「…」
「大好きだよ、白藤。僕の特別な女の子。ずっとずっと、側にいて欲しい」
「…うん」
横から白藤を抱きしめて、伝えたいことだけを。
ただ、それだけ。
それだけで、今の白藤にも鳩羽にも十分なのだ。




